第22話   掘り起こされた最後の秘密

(そうだわ、伯爵家この家にはベリルの家紋が付いた燭台があったのよね。アレは何だったのかしら?)


 玄関へと向かう道中で尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。


「奥方様と僕の母は、友人関係にありました。お二人とも、複雑な子孫の残し方に不安があったのだと思います」


「おい、嘘吐きの小僧」


 背後から、焦燥を怒声で隠したい震える声がかかった。


「お父様?」


「妻が本当に貴様に助言したと思っているのか!? 何もかも見当違いだったぞ! この嘘吐きめ!」


「妻の実父が亡くなった際、当時の群れのリーダーだったグールベル侯爵に泣きついて、中庭に埋めてもらった件ですか?」


 伯爵に振り返る彼の、闇を照らす月のような双眸が細くなった。


「妻の実父は、あなたが殺したのです」


 伯爵がエリーゼを見やる。すでにベリルから聞かされていたエリーゼは、哀れみの目を向けていた。


「この家の家系図を見たわ。お父様と奥様は、兄妹だったのね」


「婚姻は、リーダー格の家系が決めるものです。あなたはそれに従っただけ。実の妹と結婚する気なんてなかったあなたは、それでも異議を唱えず受け入れた。黒い犬の一族の掟だから……それが表向きの事情でした。しかし本当は、裏でグールベル家に取り計らってもらい、わざわざ実の妹を妻に選んだのです。理由は、この家の唯一の男子であるあなたに、子供を作る機能がなかったから」


 ネオンの前で気を遣い、アールベリアが黙っていた真実だった。


「あなたは世間体を気にし、妹さんの未来を犠牲にしてでも、この家が何不自由なく栄えていると見せかけたかった。群れの中で、弱い姿を見られるのが嫌だった。だから妹と結婚し、ご自身そっくりの男性をあてがい、跡継ぎを産ませようとした。しかし妹さんはなかなか男児に恵まれませんでした。出産のたびに弱っていく妹に焦ったあなたは、今度は妹そっくりの女性を雇い、ご自分とそっくりの男と添わせました」


 そしてエリーゼが誕生した。エリーゼには、伯爵家の血が一滴も流れていなかったのである。


「ところが、あなたの中に矛盾した感情が芽生えた。すぐそばに大事な妹がいるというのに、他の女を腕に抱く男が、許せなくなったのです」


「お父様の目には、自分と別人の区別もつかないお母様のことが、愚かに見えたんでしょう。けれど愛する人とそっくりな人が突然現れたら、みんな勘違いするわ。多少の言動の違和感も、今日は具合が悪いのかしら、と心配して、かえって受け入れてしまうと思うの。お母様には、不貞を働いた自覚はなかったわ」


 母は具合が悪くなっても、医者も薬も用意してもらえなかった。それでも伯爵に恨み言一つこぼさなかった。


「母は私をシュトライガス家の女だと自覚させ、厳しく育ててくれたわ。どんなに理不尽な目に遭っても、貴女はこの家の娘なのだから堂々としていなさいと、私に言って聞かせたの。不義の子だから目立たず引っ込んでいなさいとは、一度も言われなかったわ」


 今だって堂々と、取り乱したい心に鞭打って凛としている。


「ネオンと私には、同じ男性を父に持つという血の繋がりがあるわ。お父様は奔放なネオンが、いつか手に負えなくなって私を襲うのではないかと気が気ではなかったのでしょう?」


「帰ってこいエリーゼ。あの子はお前がいなくなってから、毎日暴れて手がつけられないんだ。なんとかなだめてやってくれ。今までの態度は謝るから」


 今なぜその方向に話が転ぶのか。あまりの身勝手さに、エリーゼの平常心が崩壊した。


「戻るわけないでしょう!!!」


 彼女が本館で初めて声を荒げ、廊下にこだました。


「母と私を長年軟禁しておいて、用がなくなったら人形にしようとしたくせに、挙句戻ってこいですって!? ふざけたこと言わないで! 私はこの人と幸せになる! もう二度とこんな家、戻らないから!!」


「ネオンはどうするんだ!」


「あの子が凶暴でワガママなのは、お父様が甘やかしてきたからでしょ! 私のせいじゃないわ!」


 激昂した弾みで涙がぼろぼろこぼれた。エリーゼは彼の腕にしがみつき、泣いてしまったのが悔しくて、その胸に頭を押し付けた。


 ミルクチョコレート色の長い髪に、優しい指先が触れて、頭をよしよしと撫でられた。


「帰ろう、リズ。よく頑張ったね」


 耳元で小さく囁かれて、なんの未練もなくエリーゼは笑ってうなずいた。


「ええ! 早く帰りましょ!」



                          おわり

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年下ゴーストプリンスと、幽霊が見えない私の新婚生活 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar

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