第14話 幽霊が頻出するお城
(もう夜も遅いけど、まさか、今日はここにお泊まりになるのかしら。こんな空気で? 困るわ〜。ドナスさんはこうなることを狙ってたのかしら)
エリーゼがげんなりしていると、痩せこけた老人は意外なことに、これから深夜になるにも関わらず馬車で帰ってしまった。
「僕とこの城に、長居したくないんでしょうね」
アールベリアはエリーゼと、玄関から馬車を見送りながら、刺々しい声色であった。
(たしかに、家主を激怒させておいて泊めてもらうのは、気まずいわよね。私でも外の空気を長時間吸いたくなってしまうわ……)
ぴりぴりしたこの空気は、いったいいつまで続くのだろうかと、覚悟していたエリーゼだったが、アールベリアはホッとした様子でエリーゼを見下ろすと、少し話さないかと提案し、最寄りの部屋へと誘った。
そこは石造りの城内の中で、漆塗りの木造の壁だった。彼の仕業だろうか、突然ランプが点いて、銀食器で飾られた豪華な一室が影を踊らせた。
「まあ……なぁに、ここ?」
紫色のクロスが長テーブルをゆったりと覆い、これから大食漢で高貴な方々の食事会が始まるような、しかし和やかな空気はなく、むしろ不穏さが漂っている。
「どの部屋にも、好きに入ってもらって構いませんよ。用途不明の古い道具が、あれこれ置いてありますが、これといって特に深い意味はないんです。貴女がうっかり位置をずらしてしまっても、あーずれてるなぁとしか思いませんよ」
「あら、コレはなかなか貴重な品ではないかしら?」
世界の銀製カトラリー大図鑑を読んだことのあるエリーゼ、そのお眼鏡に適ったのは、年代物かつ状態の良い、曇りなくピカピカに磨き上げられた名品の数々。それらをなんの迷いもなく手に取ってしまってから、エリーゼはハッと慌てて青年を見上げた。
「勝手に触ってしまって、ごめんなさいね! もとに戻すわね!」
「あ、いえ、僕には価値がわからない物ばかりなので、なんとも思わないって言うか……」
目をかっ開いて元の位置に寸分狂いなく置き直す彼女の必死ぶりに、呆然としていた。
エリーゼは改めて部屋を見渡した。
「もしかして、このお部屋はご両親の趣味? なら、何か意味があって置いているのでしょ? もう勝手にあれこれ触ったりしないから」
「趣味と言うか、各地からの貰い物なんです。僕との生活で窮屈な思いはさせたくないんですが、どうしてか物が増えてしまって。貴女がたとえ動かさなくても、その――幽霊たちが、勝手に動かしてしまうこともあるので、もしかしたら貴女のことも驚かせてしまうかも」
家主である彼の説明に、真剣に耳を傾けていた彼女は、世にも奇妙な日常の解説に、目が点になった。
「ゆう、れい?」
「はい」
「そういう概念や思想があることは、本で読んだことがあるけれど……魂だけで、実体がない彼らが、物を動かすの?」
「はい」
銀食器のコレクションが、テーブルクロスにシワを作りながら、ずるずると横移動していった。
「……」
「強い心残りを残した幽霊は、食器を綺麗に並べたがります。けど毎日配置が変わるので、僕もノウス婆や達も、直すのをあきらめています」
銀製の燭台が、皿の間を縫うように移動していく。シワになったテーブルクロスが、勝手にピッと四隅を引っ張られて整った。
エリーゼは、笑顔のままカチコチに固まっていた。
「……私の部屋にも、幽霊さんたちは入ってきてしまうのかしら」
「あ、大丈夫です。扉に魔除けの花が飾ってある部屋には、入れないようになってますから」
「そ、そうなの。なら、少しだけ安心かしらね」
……オカルトはエリーゼの苦手分野であり、しかも城内で起こると言うのだから、逃げ場がない。
(実家よりマシだと思ってたけれど、ここもここで大変だわね……。唯一、救われてる点は、アールベリア君がずいぶんと逞しくて、聡明な男の子に変身しちゃったってことね)
これで性格もネオンみたいだったら、実家の別館に閉じ込められているほうがマシだとすら思ってしまいそうで……そんな自分に戸惑うエリーゼなのだった。
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