第20話   よく似た人

 矢のように過ぎていた窓の景色は、赤ワイン色の屋敷がすっかり彼方となった頃に、穏やかになった。収穫目前のたわわに実った畑の恵みを眺めながら、エリーゼは口を開いた。


「貴方とダニエル君の会話を、聞いてしまったの」


「……そうですか」


「ダニエル君のお父様は、誰かのご遺体を中庭に埋めたのね?」


「……」


「埋まっている人は、私と何か繋がりがあるのね。だから私ごと葬って、とてつもなく大きな秘密を隠蔽しようとしているのね」


「僕からはお答えできかねます」


 彼は馬車の窓を眺めるだけで、あまり目を合わせてくれなかった。


「エリーゼさん。貴女は何も悪くありません」


「貴方に助言をしているのは、あの中庭に埋まっている人なの? 性別は? どんな感じの人なの? どうして貴方を導いてくれるの? やっぱり、ちゃんとしたお墓も作られないまま埋められたのが、無念だから?」


 彼が困るのを承知で、エリーゼは列挙した。


「いいわよ、どうしても答えにくいことなのね。気にしないでちょうだい、私は平気だから」


 そう言って、にこにこしながらエリーゼは沈黙した。にこにこしながら、延々と、にこにこしながら彼を凝視し続ける。


「……伯爵はご自身に男児が生まれないのを、濃すぎる血縁関係が原因であると考えました」


「え?」


「そして貴女のお母様は、伯爵の正妻にとても似てましたね。毎年のパーティのたびに思ってました、まるで双子のようだなぁと……」


 エリーゼの頭上から、気づきたくなかった真実が天啓のように降ってきた。


(お父様がね、あんなのは姉じゃないから、姉呼ばわりしちゃダメって言うんだ)


(お父様の、本当の子じゃないからだよね?)


 ああ、あそこに埋められているのは――


「聡明な貴女なら、これでお気づきになるかと。どうかネオンさんには、ご内密に」


「いいえ、弟はもう知っているわ。私が赤の他人であると」


 エリーゼは外出用の大人びたワンピースのスカートを、きゅっと握った。


「貴方のお城に帰る頃には、次はお父様から手紙が届いているはずよ。ドナス様もダニエル君も、私を殺すことに失敗したわ。だから次は、私の実家である伯爵家のお屋敷から召集があるわ。私はまだ貴方と正式に結婚していないから、実家の家長からの呼び出しには逆らえない。次は私が、闘う番よ」


「いえ、具合が悪いなどの言い訳を作れば、貴女があの家に戻る必要はなくなりますよ」


「ありがとう、貴方は誰を敵に回してでも、私を守ろうとしてくれたわね。とっても感謝してるわ。だけど、ごめんなさい、お父様との闘いだけは、私が行かなければならないの。あの人は、私の母を家畜同然に例えたわ。それだけは、どうしても許せないの、今でもね……」


 エリーゼは深く呼吸して、自分を励ました。彼の闘う背中に、こんなにも奮い立たされた。自分はもう、全てあきらめて微笑んでいるお人形さんではない。


(行くわよ、エリーゼ・シュトライガス!)



「当然、僕も行きますよ」


 少し緊張した、上擦った声だった。


 エリーゼに拒む理由はなく、強要したい気持ちもない。エリーゼの実家の歪さを知らない彼のほうが、傷付くかもしれない。だから、最初から最後まで、信頼している彼の自己判断に、委ねようと思っていた。


 その彼の意思は、返事は、決意は、エリーゼを見つめるその目に、熱く宿っていた。


「僕のそばを離れないでください。全ての決着がつくまでは、貴女は命を狙われている身ですから」


「頼りにしても、いいの?」


「もちろんです」


「貴方はいろんな意味で、私の運命の旦那様ね」


 復讐にも同行すると断言してくれたことが、エリーゼにはとても嬉しかった。どこかでずっと小さな男の子のように思っていたけれど、今の彼のことをもっと深く知りたいと、心からそう思えた。


 ふと、静かになっている彼が気になった。


 馬車馬の蹄の小気味良さに揺られながら、彼が固まっていた。


「だ、旦那、さま、って……」


「あら、もうこんなに一蓮托生な試練を乗り越えてるんだもの、貴方ほど頼りになる男性を夫に持てて、私は幸せだわ」


 ……返事がない。


 思わず泣いてしまいそうになった……けど、いつもみたいに、つい微笑んで誤魔化してしまう。


「ふふ、迷惑だったかしらね? 貴方は全然そんなつもりじゃなくて、ただ不正を黙っていられなかっただけ、だった?」


 向き合って座っていた彼は、しばらくうつむいていた。エリーゼは大きな勘違いをしていた自身を、呆れの目で見下ろす。


 ふいに向かいの椅子が軋んで、彼が隣りに腰掛けた。


(ん?)


 何事かと顔を上げるエリーゼ、両腕に包まれて、抱きしめられた。


「あの時、花束を渡した後、こうする予定でした」


 エリーゼの両目が、驚きに見開かれた。



 パーティで泥だらけの花束を、握りしめて差し出した小さな少年は、ついに想いを受け取ってもらえた。


 やり方は綺麗ではなかったかもしれない。不気味だと噂されてきたこの力を、切り売りして手を広げるのは卑劣だったかもしれない。


 それでも、彼女の美しい泣き顔が見れた それだけで あきらめず頑張ってきて良かったと 目頭が熱くなった。


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