第2話 お菓子作りと不参加者
エリーゼ嬢の急な提案を快く引き受けたのは、男だらけの厨房でたくましく腕を振るう古株の女性コック、マーサだった。
「さあさあお坊ちゃんたち、パーティ会場で振る舞うおやつを、一緒に作っていきましょうね!」
厨房に入ってきた少年たちに、手洗いうがいを徹底させてから、マーサが本題に入った。
「今日お誕生日の旦那様は、大の甘党なの。いつも厨房のあたしたちが、クッキーなどの保存の効く焼き菓子をたくさんご用意しているんだけれど、昨日のうちに食べ尽くされちゃってね、ちょうど新しく焼くところだったの」
体格の良いおばちゃんコックにニコニコと見渡されて、少年たちは売られた子羊のごとく、呆然となっていた。
厨房にエリーゼはいない。ドレスのまま料理することを、シュトライガス家を由緒正しく導いてきた奥方が、絶対に許さなかったからだ。
てっきりエリーゼとお菓子作りができると思っていたのに……がっかりする少年たちに、マーサがニカッと笑いかける。
「どんなお菓子を作りたいかしら? チョコチップいっぱいのクッキーに、果肉のゴロゴロ入ったアップルパイ。お母様へのお土産にしたら、きっと喜ばれますことよ~!」
好きなお菓子が作れて、家族の喜ぶ顔も浮かんできた少年たちが、一斉に機嫌を直して騒ぎ始めた。
「ぼく、グミもいれたーい! イチゴ味の」
「俺はミートパイ作りたい! 肉いっぱい入れて、ソースもたっぷりかけてるヤツ!」
ベテランコック、マーサの手腕により、具材を入れ過ぎて崩れたり、生焼けになった菓子は、一つも生まれなかった。
白い厚紙でできた箱に、綺麗にしまわれてゆくお菓子たちに、少年たちは始終目を輝かせていたのだった。
さて、一番の大問題児であるアールベリア少年だけは、エリーゼに呼び出されて一人で廊下にいた。
さっきまで遊んでいた友達が、厨房で楽しい時間を過ごしていることなど露知らず。きょとんとした顔で廊下をうろうろしていたところ、エリーゼがメイド数人を連れて小走りに駆けつけた。
「お待たせ、アールベリア君。私の言った通りに待っててくれて、嬉しいわ」
「お姉ちゃん、ぼくにお話ってなーに?」
薄いまぶたが真っ赤なままなのは、ついさっきまで号泣していた名残。そんな彼の小さな手を引いて、お手洗いの洗面台まで案内して顔を洗ってもらった。タオルを用意していたメイドが、彼の顔を優しく拭いてゆく。
(アールベリア君って、たしかヴォルフェンス男爵の一人息子よね。奥様に後継ぎがお産まれにならなくて、男爵がご先祖様に相談したら息子さんを授かった〜とか、なんともオカルトな噂話のある男の子なのよね)
目の色と髪の色が、子犬のように元気な茶色。それがエリーゼとその親族、はては国民の特徴であった。国際結婚で授かる実子にも、その傾向が強く見られ、しかしアールベリアだけは白銀色の髪にレモンイエローの瞳を持って産まれた。それが起因し、意地の悪い噂話には事欠かない境遇だった。
唯一、子供同士の仲では不穏な様子は見られなかったのだが……今回の大騒ぎで彼が孤立してしまわないかと、エリーゼは心配していた。
「貴方にぜひ、見てもらいたいお部屋があるの」
「お部屋〜?」
「そう。私のお気に入りの場所なのよ」
興味を持たせるために、エリーゼはうきうきした声色で。
ずっとキョトンとしていたアールベリア少年が、パッと華やいで片手を伸ばしてきた。
「つれてってー!」
元気にぴょんぴょん跳ねる動きで、髪もふわふわ揺れている。さっきまで号泣しながらケンカしていた子とは思えない光景だった。
(か、かわっ、かわいい〜!)
思わず胸がキュンと鳴るのを知られないように、柔らかく微笑みながら平静を装い、エリーゼは小さな手を受け取った。
リードして歩くと言っても、秘密の部屋は、すぐそこだ。そのわずかな距離でも、少年にとってワクワクドキドキできる最高の一時だった。
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