年下ゴーストプリンスと、幽霊が見えない私の新婚生活

小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)

第1話   不思議な男の子たち

「ん? 子供の泣き声……?」


 シュトライガス伯爵家の末娘エリーゼが、たまたま異変に気付き、読書に使っていた歴史書を閉じて、私室の窓へと鼻先を向けたその瞬間から、二人の運命の歯車は、噛み合ってしまったのかもしれない。


 そこまで好きでもない長いスカートを蹴るようにして、揺り椅子から窓辺へと駆けてゆく。書物が日焼けしないようにと取り付けさせた射光カーテンを払うと、中庭に咲き乱れる花畑の中で、猛烈に泣きじゃくっている小さな男の子の横顔があった。


 その子の周りには、友達だろうか少し年上ふうの少年たちが、怒った顔で何やら注意している様子だった。


 エリーゼが窓を開ける。耳に入る男の子の泣き声が、より一層うるさくなった。


「どうしたの? 何してるの?」


 突如窓から現れた美少女に、固まる少年たち。やがて硬直が解けた順から、必死に説明し始めた。


 ものすごいウソつきがいると。


「ちがうもん! 本当だもん!」


 泣きすぎて、息も絶え絶えにしゃっくりしている。エリーゼは落ち着かせたくて、とりあえず名前を尋ねた。真っ赤に腫れた目元は涙でべしゃべしゃに濡れて、銀色の前髪までへばりついており、今にも日差しの中で消えてしまいそうなほど儚く、華奢な少年だった。


 エリーゼは今日この屋敷に集まってくれた全員の顔と名前を、いちおう記憶してはいる。だが、ここはあえて冷静に質問を投げかけて、彼らの感情を鎮める作戦に出たのだった。


「ぼく、アールベリアっていうの。今日は、シュトライガス伯爵の、おたんじょうびだから、家族でお祝いに来たの。ダニエルお兄ちゃんが、犬を連れて来るってお手紙くれて、それで、ぼくとっても楽しみで、でもダニエルお兄ちゃんは、犬がいきなりいなくなったって言うから、おかしいなってぼくが探したら、ダニエルお兄ちゃんのパパが――」


 しゃっくりの海におぼれながら、必死で話し続けてくれるのだが……エリーゼには小さい子特有の「意味不明なお話」にしか聞こえなかった。


 ダニエルお兄ちゃんと連呼された年長の少年が、むっと口角を下げる。十歳になるエリーゼより二つ年上で、ただでさえ年少者の少年たちをまとめるので手一杯なのに、大勢の前で父親が犬を殺した主犯だと指摘されたのだから、怒るのも無理はなかった。


「エリーゼ! こいつの言うことなんか信じちゃダメだ! 俺の父さんが子犬をナイフで刺して、うちの屋敷の裏庭に埋めたって言い張るんだよ!」


「だって! ほんとにダニエルお兄ちゃんのパパがやったんだもん! 庭師にお金を渡して、お屋敷の裏に埋めさせたの! お屋敷の中庭に行けば、すぐにわかるもん! そこだけ土が盛り上がってるんだよ!」


 まるで今しがた見てきたかのようにまくしたてる、アールベリア少年。だがダニエルの屋敷はここからかなり離れた別の領土にあり、今日初めて犬がいないことに疑問を抱いたアールベリアが、すぐに確認に向かえないことなど、誰の目にも明らかだった。


「うそつきだ!」


「ほんとだもん! ぼく見たんだもん!」


 銀髪を掴まれて引っ張られたアールベリアが、小さな手でダニエルのジャケットを掴んで引っ張り返す。そんな二人を、周りの子たちが引きはがそうと大騒ぎになった。


 エリーゼは、唖然となってしまった。


(これは~、困ったことになったわね。きっとアールベリア君が、白昼夢でも見たんでしょうね、うん。とりあえずワンちゃんから話題を逸らしてあげましょ。ついでにアールベリア君をみんなから引き離して、ゆっくりお話を聞いてあげましょうか)


 まずは、とびっきりの笑顔を用意。


「はーい、みんな注目~。エリーゼお姉さんから、とっても楽しすぎる提案がありまーす!」


 さっきまで取っ組み合いに発展していた少年たちが、エリーゼの楽しげな声に誘われて、


「なになにー!?」


「なにして遊ぶの!?」


 窓辺に集まる、小さな茶色い頭髪。伯爵から『可愛い子犬たち』と称される中で、唯一アールベリア少年だけが、白銀という不思議な髪色であった。


 エリーゼは思いついたばかりの作戦を、ひそひそ声で彼らに伝える。華やかな姉たちと違って、彼女だけが薄化粧。着ているドレスも、とうに流行りを逃した地味な物。パーティの時だけ会える、気さくで優しい深窓の御令嬢、それがエリーゼ。少年たちが一斉に顔を寄せたとき、ミルクチョコレート色の長いストレートヘアーから、石鹸の香りが。


 もしも結婚するなら、エリーゼお姉さんが良いと、少年たちの心に密かに想いが募ってゆくのを、当の本人だけが全く気付かないのであった。


 想像するだけでも楽しい提案は瞬く間に受け入れられ、少年たちはすっかり機嫌を直し、一目散に厨房へと走って向かった。


 残されたのは、一番幼くて小柄な、アールベリア少年だけ。


「お姉ちゃん、どうしてぼくだけ、ここに残らなきゃダメなの?」


「あなたにはお話があるの。とっても大事なね」


 少年はきょとんとした目に涙を乗せたまま、


「うん、わかった。お姉ちゃんのところに行くね」


 聞き分け良くうなずいたのであった。


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