20241123
部屋の窓から、海と、そこに浮かぶとても小さな列島が見える。わたしの住むマンションは本土の端の端に建っていて、そこからは船や飛行機も出ているので、それに乗れば窓から見える列島に行くことができるのだ。
窓から島の様子を眺めていると、観光客たちが大型のキックボードのような水上走行できる乗り物で、島をぐるり一周するように海を走っていた。
いいなあ、みんな楽しそうで。
気がつくと飛行機に乗っていた。高度を上げる最中、左側の窓から晴れた空と青い海、緑の列島が見える。そうだ、わたしもあそこへ行くんだ。流れて行く景色を眺めていると、建物すらほとんどない列島の途中に、ビルほどの巨大な日本人形が立っている。黒い長髪に赤い着物の、女児の人形だった。肌は砂浜よりも白く、唇は紅を引かれて、着物の鮮やかさにも負けていない。そうそう、あれは守り神か何かだったはずだ。この列島を守る、何かだ。
はっとする。視界一面が木材の茶色で埋め尽くされている。湿度が高く、奥からは湯気の気配がする。脱衣所だ。とても広く、木の棚には木材で編まれたカゴが備え付けられ、床にはスノコが敷かれている。飛行機で辿り着いたここは巨大な銭湯で、地獄に似ている。
わたしは何人かとここへ来たようで、みんな服を脱いで奥へ進んでしまった。一足遅れてわたしも脱衣所から奥へ向かうと、むわりと湯気が押し寄せる。洗い場などなく、突然足元が窪み、木組の浴槽になっていた。たくさんの女性が浸かっていて、じろりとわたしを見た。気まずくて、知っている顔を探そうと辺りを見る。天井も壁も床も全てが木で造られた、地下空間のような圧迫感や閉塞感のあるこの浴場は複雑に入り組み、アリの巣みたいにいくつもの浴槽が連なっている。他の浴槽へ行くには目の前の浴槽に浸かって進まなくてはならず、わたしが知り合いを追いかけるにはたくさんの人の前をざぶざぶ歩かなくてはならない。
さらに奥の浴室に移動する。そういえば、私は誰かとここへ仕事に来たのではなかったか。そういう記憶が蘇る。浴室を抜けるとまた別の脱衣所があったので、貸し出しのスウェットを着る。外へ出ると洞窟のような作りで、赤黒く、暗い色の岩壁が丁寧にくり抜かれて通路になっている。私は迷いなく奥へ進む。途中で私よりずっと背の高い男と合流した。彼とはここで落ち合う予定だった。足音が反響する道を進むと巨大な黒い扉があった。みっちりと行く手を阻む扉の方から、三人ほどの職員が歩いてくる。
私たちはこの扉が地獄の入り口だと知っている。私たちの仕事はこの先に入ること。入って、入って?何をするのか?わからない。私たちは何をしにこんなところまで来たのだろう。
今日は温泉へいく。パートナーと荷物を持って、晴れた日、駅を目指して歩いている。けたたましい音が響いた。クラクションや何かがぶつかる音。交通事故だ。空にある温泉に行こうとした双子の女性のうち一人が道中車に跳ねられた。メガネをかけた片割れの女性が声をかけている。あの様子では助からないが、心配ない。だって彼女たちは元々温泉から来たのだ。あの地獄からやってきて、生まれ、またいつか辿り着けるだろう。私たちはみんな、青空にある列島の上の地獄に帰る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます