20230129
田舎町に旅行へ、行ったはずだ。
目と口がぐるぐると描きちらしたように黒い、女の亡霊のようなものが付き纏ってくる。そのうち私は裏世界のようなところに迷い込んでしまう。そこでは人間が《職員》《読み上げ係》《書き取り係》の三種に分類され、基本的に外界から引き込まれた私のような人間は《書き取り係》になる。
《書き取り係》とは、何万何億字かそこらの文章を書き記さないとこの世界から解放されず、書く内容は《読み上げ係》の人間が暗唱した言葉(大体が過去の人生経験や、好きな歌、本の一節など)しか許されない。《書き取り係》には意識があるが、《読み上げ係》は薬でも入れられているかのようにぼんやりとし、焦点が合わず、その場にただ立ち尽くし、暗唱が終われば規則正しくぞろぞろと歩いて施設に帰っていくだけの肉人形だった。《読み上げ係》の正体とは、精神が壊れてしまったり、脱走を試みて職員に捕まった《書き取り係》の成れの果てである。
まるで宇宙船のような白く近未来的なつくりの施設の中に、書道教室の看板じみた筆文字で『肉部屋(カタカナまじりのややこしいふりがなで、何たらかんたら作戦室と記載)』と案内が出されている。その『肉部屋』の先は文字通り蠢く肉のトンネルになっていて、奥から《読み上げ係》がベルトコンベアのように流れてくる。
私はここに来て浅く、自分の役目をなんとなく理解したばかりで、今日のノルマが足りていなかった。なので『肉部屋』から流れてくる《読み上げ係》たちの言葉を一刻も早く拾う必要があった。
そこで、私に声がかかる。大学時代の同期だ。彼女は、随分前にこの世界に来てしまったらしく、私に脱走の話を持ちかけてきた。私たちは一緒に逃げたが、村のあらゆるところに《職員》がいたので難しかった。追い込まれ、二手に別れざるを得なくなり、私はいよいよ《職員》に捕まった。肩までの黒髪に、黒い目で、黒いコートを着た若い男だ。彼は私に同期のことを二、三質問してきた。私がはぐらかして答えると「情報提供ありがとう。それでは、脱走の代償として両手の爪を剥ぎ、右目を抉らせてもらう」と私の顔面に手をかけ、親指が柔らかい肉に沈もうとした。
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