20200316

 ‪赤黒い地下施設で、博士らしき父親に薬物じみた白い光を当てられ、まともな思考ができなくなっていた。私も何人目の私かわからないけれど、私の次に来た少し小さい私が、ついに我慢の限界を迎えて父親の耳と目に箸を突き刺した。父親は痛い痛いと叫び、壁にぶち当たりながらのろのろ移動してなかなか死ななくて隣の部屋にいる母に椅子や棚を持ってきてと言って扉を塞いで死にかけの父を閉じ込めて‬。

‪ 逃げる。

 外は夜だった。前に住んでいた町だった。私はお気に入りの靴と服を持って出たくて荷物をまとめていたけれど、早くしろ早くしろって母と兄に急かされて、一日分の服しか持てない。二人について飛び出したものの、私がもたもたしていたからバスに間に合わないと二人は走って、それなら私がタクシー呼ぶからと言ったけれど、電車がなくなるから意味ないと言われて、大通りのガソリンスタンド前で、困る。そもそも家族で逃げることになったのもお前のせいだろと責められて、でも、私はあのままだと生きてけないから、助かりたくて、なんて思うけれど何も言い返せない。

 私が悪いのだと思ったまま、辿り着いたのは学校のような組織形態の場所。年の近い男子と女子が十五人程度いる。男女別れて一列に並び手を繋ぐ。私は女だけど無理やり男の列にねじ込まれて、からかうように、にやにやする左右の男子に手を取られた。耐えられなくて振りほどく。ミディアムヘアの女の子の髪を他の女の子が褒めたら、その子が「ほんとうに?私の髪綺麗でしょ?綺麗よね?髪の毛生えてるの、生えてるの綺麗よね」と狂ったように繰り返し、わたしにも同意を求める。その子は本当は髪の毛がなくてそれはウィッグだったけれど、気圧されて、綺麗だよ、と言って宥める。取り憑かれたようで怖かった。‬

‪ ドブネズミが出る。誰かがドブネズミを捕まえて女の子の頭の上から降らせる。叫び声。わたしは外へ逃げる。二匹目のドブネズミ。他の女の子たちに部屋に戻るように言われて渋々戻るが、ネズミを乗せられたり、汚いものを擦られたりする。‬

‪ 大事な人に連絡を取りたくて、古びた電話に向かうけれど小銭がない。電話はかけられない。ここから助けてほしいことや、会いたいという気持ちを伝えられないことが恐ろしかった。家族はもういない。‬

‪ 幅の広い緑の川がある。赤い欄干がずらっと建てられているが、古い。川のそばに立っている黄色い土壁の小さな建物は兎小屋である。赤錆びた鉄の手すりが取り付けられた外壁の階段は、狭すぎて人が通ることはできない。なぜなら兎小屋だからだ。私は抜け出した女の子たちと、錆びた手すりを伝ってのぼっていく。街の人も並んでいて手すりは満員なので、途中でがくんと下の方が外れた。これ以上は進めない、と叫んだ時、手すりが一気に外れて振り子のように私たちを振り回して、飛ぶ。勢いよく水面に叩きつけられる女の子たち。私は手すりの中腹だったので勢いが多少殺される。水に浮かぶ女の子たちはびくびくと四肢を痙攣させている。私は汚い川から這い上がり、走って逃げる。‬

‪ この町には「魏」という名称があった。それは身を買われる女のことで、私は男だけれど二回魏として人に買われていた。別に何かされたわけではなかった。でも、もういやだった。‬

‪ 生まれ変わるとわたしは中学生で、あの時いた女の子や男の子はみんな小学生だった。急斜面の白い坂道をみんな自転車で下っていく。わたしは、こんな坂道危ないと言いながら、一緒に下る。明るい昼。汚い生き物もなにもいなくなったのに、不安と恐ろしさだけが残り続けている。‬

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