夏が来た

鰹節の会



 夏の予感がした。


それは陽光が土を焼く匂い。紫陽花の丸みと強い木漏れ日。


日影の冷ややかな空気を纏いながら、僕は縁側の隙間を覗き込んでいた。


木の板を敷き並べた縁側の下では、アリジゴク達が乾燥した土にすり鉢を作っている。


手に持ったアイスに虫がつかないよう、景気づけにひと舐めしてから、僕はもっと奥を覗き込んだ。


 手前とは一転して、黒く湿った地面に生き物の姿は見えない。

底無しの暗がりと、家から繋がる木の柱が無数に立っているだけだ。


僕は足をバタつかせながら、アイスを口の中で溶かす作業に戻った。


風が吹いてから、風鈴が慌てたように鳴いた。




 ◇◇◇



 照りつけた日差しが、不思議なくらい元気な木の葉を通り抜けて、目の中へ飛び込んだ。


種類の分からない蜂が、茶色の地面に紛れて低い位置を蛇行している。


俺は虫取り網を担いで、木の丸太の段々を登っていく。


 樹樹は静かで動かない。


 じわりと汗が首筋を伝って、背中を撫でた。

 息をすると、夏の空気が肺を満たした。


丸太の階段から外れて腐葉土の斜面へ出ると、木の枝や茶色い葉がズルズルと靴裏を滑る。


ぬるい風が、木と木の隙間を通った気がした。




 ◇◇◇



夕日が斜めに差してきた。

 学校の帰り道。


 イヤホンを耳にねじ込みながら、私は光と熱に目を細めた。


水を探して鞄を探るも、出てきたのは緑茶だった。下り坂の道で足首がすれるも、携帯電話の画面を見て気をそらす。


落ちていく太陽の代わりに、生活感のある灯が、ポツポツとジオラマのように光だした。一日の疲れと乾きから逃げるように。


 涼しい夜の風が足の隙間をすり抜けて、薄青黒い空と溶け合った。




 ◇◇◇



 開け放された部屋の窓から、一陣の風が迷い込む。


 野球をする声が、丁度うるさくない遠さから聞こえてくる。背景音は、蝉の濁音と、生い茂った木々の葉のざわめき。


外の世界は陽射しに照らされて、影すらもかき消される。


 皮膚一枚をへだてて、熱量を持った巨大な球体が、自分の体を含めた地球そのものを呑み込んでいる。


 ここは暑い暑い、夏の腹の中。


気が付けばつむじを焼かれるような、そんな夏。



 夏が来た。


それは太陽が土を灼き、紫陽花が葉を茂らせ、木漏れ日が喉を焼く。

陽射しに透き通る青い葉っぱを仰ぎ見て、黒くて丸い虫影が道の先を飛んでいく。



夏が来た。夏が来た。




 日の光が躍る夏が来た。




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