第17話 伊倉 梅

朝からひじりに呼び出されたアルキは、エッグサンドを杏子あんずに手渡すと、風が吹きつける屋上で、タバコに火をつける

「それでアルキ先生、杏子と梅がこれからは、授業に出れるって本当ですか?」

 ひじり杏子あんずから簡単に話を聞いていた。それを聞くと、居ても立っても居られずに、アルキに直接解決策を聞きに来たのだ

 

伊倉梅いくらうめは少し時間がかかるかもしれないが、杏子は問題ないだろう。あと二人が近づいても問題ない……伊倉梅いくらうめの事は、知り合いに「兎角」のチカラをコントロール出来るように訓練してくれる女性がいるからな。彼女が受けてくれればいいんだが、どうだろう?」

うめ……最近また既読してくれないんだ……」

「でしたら今日、帰りにうめに会いに行きませんか?」

 ひじりが二人に提案する


「そうだな、許可をもらっておこう」

 今は不登校の生徒に副顧問が会いに行くだけでも許可がいる。アルキはそう言うと、後ろ手で右手を振り、屋上を出て行った


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 放課後、ひじり杏子あんずを連れて伊倉梅いくらうめに会いに来たアルキは、マンションの前で声を掛けられる


「これはこれは七面先生、奇遇ですね」

 少し嫌味がかった感じで声を掛けてきたのは、「特務課」の四ノ宮透しのみやとおる

「あぁ、四ノ宮警部!身辺調査ですか?」

「別にあなたに言われたからではないですよ!」

「そちらの方は、やっぱり相棒ですか?」

 アルキは四ノ宮の隣にいる若い男性に気付くと軽く挨拶をする


「どうも探求科副顧問の七面歩ななおもてあるきです」

 

「おお!あなたが!?自分は特務課の頃末昇ころすえのぼるです!噂は聞いてます!事情聴取の時に四ノ宮さんを言い負かしたと!」

「おい、頃末!」

 到底、刑事とは思えないほど軽いノリのコロスエは、人懐っこい雰囲気で、アルキにからむ

 

「いえいえ、言い負かしてなど、とんでもない。それでどうですか?伊倉梅いくらうめの義理の父親に会えましたか?コロスエさん」

「いえ!どうやら行方が分からないようです!」

「おい、頃末!余計なことを言うな!」

「はい……ごめんなさい!」

 

コロスエが余計な事を言わないようにと、四ノ宮自らがアルキに話し掛ける

「七面先生も伊倉梅いくらうめに会いに来たのでしょう?ですが、二人の生徒を連れてるんですね」

「ええ、この二人は教え子でして、八神と百地ももちです!」

「八神君はもちろん知ってますよ、学校でも話してますから……ですが、百地ももち……たしか……あのポルターガイスト事件の時にはいなかったですよね?」

 四ノ宮が鋭い目つきで杏子を見ると、ひじりが庇うように前に出る

 

「四ノ宮さん、そういえば探求科の元顧問の三人は、調べたんですか?「田口修二」先生とか……」

 アルキは四ノ宮が油断出来ない相手だと悟り少し情報を開示し、自分のほうに目を向けさせる

 

「「「――!」」」


 この名前に反応したのは杏子と聖に特務課の二人……つまり全員だ


「やっぱりもう分かっているんですね七面先生は!そうなんですよ!事件の参考人なんですけど、心を病んでいるようでして!他の二名の先生は別の学校で普通に働いてましたし、そこは問題ないかと……」

「おい、頃末!」

 ペラペラと喋ってしまうコロスエは、四ノ宮に怒られても平気なようだ。むしろ彼のアルキを見る目は、キラキラと輝いている


「「……」」

 思うところがあるのか、心を病んでいるという言葉に杏子と聖は俯き口を閉ざす


「田口修二先生だけが心を病んでるのか?だとしたら……本人もしくは関係者が「兎角」に目覚めてもおかしくはない……ですかね?コロスエさん!」


「――!なるほど、本人ではない可能性も?」

「おい!頃末!いい加減にしろ」

「えぇ?でもすごい参考になるんですけど!」

「コ〜ロ〜ス〜エ〜!」


 四ノ宮はコロスエの首根っこを掴み、引きずるように帰って行った


「アルキ……わたし達……田口先生のこと……」

「いや……僕だよ……あの時はとにかく排除しようとしてたんだ。取り返しのつかない事をしてしまったのかもしれない……」

ひじり……聖はわたし達を守ろうとしてくれてたんだよ」


「やってしまった事は償えばいい、償うと言ってもお前達は、まだ子供だ。これからの生き方を田口先生に見せてあげるんだ!心を病んでいるのなら、謝っても許してもらえないかもしれない……だが田口先生はお前達に「反省する事」を教えてくれたことになるな……感謝して、大人になって、もしまた会える機会を与えてくれるのであれば、会えばいい」


「「……はい」」

 二人はしっかりとアルキの話を聞いて心に刻む、自分達がしてしまった事の「重さ」を胸に抱えて前に進む


 アルキは思う……これがこの事件の「動機」なのだと、「探求科への恨み」と「探求科の仲間を救う思い」……これがこの「学校の七不思議」を作ったモノの正体。


 そうなると「共振」の犯人はおそらく……


 伊倉梅いくらうめのマンションのインターホンで、探究科副顧問とクラスの友人二人だと告げると、自動扉が開いた。エレベーターで五階を押して三人は無言のまま玄関まで辿り着く


 呼び出しを押す前にロックが外れて、母親が出てきた。顔色が悪く、明らかに体調はあまり良くないのだろう

 中へ通してもらった三人は軽く挨拶を済ませると、さっそく本題を切り出す


うめさんはいないのですか?」

「――えっ?……今日は久しぶりに学校に行くと言ってましたけど……」

母親はそう言うと、血の気が引いたように青ざめる


「――え?そんな……わたし何も聞いてない!」

「僕達は何度も梅に連絡していたのですが、繋がらなくて……学校にも来ていなかったんですけど」

「ウソ……じゃあどこに?……あの子は……」

 母親は震えるように言葉を発する


「伊倉さん、ご主人はどうされたのですか?」

「――!それは……あ……あの……出て行ったっきり……帰って来なくて……」

「いつ頃出て行ったのですか?」

「……え……えっと……かなり前です……」

母親はかなり取り乱したように受け答える。正直に話してくれそうもないと判断したアルキは、自身の考えを伝えることにした

 

「今から私が言うことは独り言です、聞き流してもらっても結構なので。しかし、もし間違っていたり喋りたくなったら、私が話し終えてからおっしゃって下さい……」

 アルキは静かに目を閉じると、優しい口調で話し出した


「伊倉さんの再婚相手である「西川恭吾」さんは、結婚する前はとても優しい男性だった。仕事も出来て、シングルマザーである伊倉さんの事を愛してくれた……もちろん梅さんの事も可愛がってくれていた。梅さんのことを可愛がってくれないと、再婚は難しいですからね。これだけのマンションに住んでいるのだから、かなり稼ぎはよかったのでしょう……しかし再婚してしばらくすると、仕事が上手くいかなくなってきた。「仕事で稼げる」というプライドを持っていた事が、彼の「精神安定剤」みたいなものだったんじゃないかな?その「薬」が切れた彼は、豹変していく……彼の「精神安定剤」は次第にあなた達二人への暴力へと変わっていった……家庭内暴力を受けていたあなた達二人、とくに梅さんのほうは酷かった……あなたはそれを止める事もできずに、只々耐えるだけでどうしようもなかった……そして梅さんは精神的な苦痛の末、「兎角」に目覚めてしまう……梅さんは探求科のみんなに守られながら、何とかその強力な「兎角」の暴走を抑えていた……が……エスカレートし過ぎた虐待により「西川恭吾」さんを、「余剰次元」の彼方へ消してしまったんじゃないですか?」

 

「「――!」」

「あ……そ……その……」

 母親は何か言葉を出そうとするが、アルキは彼女の挙動を察し、ここまでの予想は当たっているのだと判断すると、そのまま話を続ける

 

「自分自身のチカラを恐れた梅さんは、誰も傷付けたくないと不登校になった……そんなある日、急な訃報が届いた……杏子の両親が「とある兎角」の暴走により、亡くなってしまった。お世話になった人達の死。何より、親友である「杏子」のことが心配だった……不安定な自分を押し殺してでも親友のもとへ向かった梅さんは、屋上にいる杏子と接触した。「兎角同士の衝突」で不特定多数の被害を出してしまう。梅さんと杏子は恐怖を感じた……自分達が触れ合うだけで、こんな事になるのなら、深い悲しみと絶望を共有するとどんな事になるのかと……会えなくなった二人だが連絡する事は出来る。杏子は屋上、梅さんは自宅……しかし梅さんは今日いなくなった。一刻も早く探さないといけないが、梅さんに何かしらの変化があったはず……呼び出されたか?……自分の意思か?……学校には来ていなかった……他に心当たりのある場所といったら……まさか!」


「どうしたの!?何か気づいたの?アルキ!」

 杏子がすがるようにアルキの肩を揺らす


「梅のお母さん!家に誰かから連絡ありましたか?今日の朝か、もしくは昨日のうちに!」

 ひじりも何かに気付いたようで慌てて母親に尋ねる

 

「だ……誰かからって……いつも学校からの連絡くらいしか……」

うめさんにわりましたか?」

 

「えっと……昨日の夕方遅くの連絡の時に……」

それを聞いたひじりが、考え込むようにしていると母親はどうしていいか分からず、血の気の引いた表情で狼狽うろたえる


「伊倉さん、言っておきますがうめさんが「兎角」の暴走によって「西川恭吾」さんを巻き込んでしまったとしても「罪」は無いです……「虐待」について相談所にも連絡が入っていたおかげで、責任はむしろ「西川恭吾」さんにあります!私は「兎角」の教師です!そこは安心して下さい」


「そっ……そうなんですね……うめは罪に問われないのですね……う……うう……良かった……私はどうしたらいいのか分からず……只々、あの子の今後が心配で……う……ありがとう……ございます……」

母親は顔を覆い、むせび泣く

 

「しかしそれよりも重大な事があります、「今」梅さんが何をしようとしているのかが問題です!」


「……分かりません……ただ……昨日の連絡にも、なかなか代わりたがらなかったのですが、その方がうめに伝えて欲しいと……」

「何を伝えたのですか?」

 

「……百地ももちさんのご両親について……「理由」を伝えたいと……よく分からなかったので、そのまま伝えるとうめは慌てて電話を代わりました……」


「――!お父さんとお母さんの「理由」!?」

 杏子は立ち上がり、慌ててその場から立ち去ろうとするが、アルキに腕を掴まれる


「待て!杏子……行く時は俺と一緒だ」


「……うん」


「アルキ先生!それって……」

「「犯人」はうめを暴走させるつもりだ!」


「場所は……杏子あんずの両親が亡くなった場所だ!」

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