第16話 僕とターキー

「カハハハ、一華いちか!今日は一日フリーだぞ!」

「あら?ターキーなの?珍しい……アルキは?」

「アイツは昨日溜まってた事務作業をまとめてやって、疲れたんだとよ!ざまぁねぇぜ!」

「教師も大変ね……こっち側の報告書も渡してたから、ダブルで疲れたのね……じゃあターキーに頼んじゃおうかな?」

「あん?……しょうがねぇなぁ。何をすればいい?」

「ふふふ、11歳の小学生を「兎角診療」に連れて行って欲しいの」

「ハァ!?マジかよ!やっぱりお断りだな。ガキのお守りなんてまっぴらごめんだ!」

「そう言わずに行って来てよ。あなたの検査も兼ねてるのよ」

「……11歳にもなって一人で行けねぇのかよ!」

「「国」の管理下にある子よ。一人にしておくと危険なの」

「っていうと強力な「兎角」ってわけだな……」

「いいえ、能力が危険というより、その子自身が危険なのよ」

「――?どういう意味だ」


 兎角診療所という施設が存在する。「国」の管理下に置かれた「兎角」はチカラの制御はもちろんのこと、定期的に検査を受けて、異常がないことを常に管理される

 兎角診療所は一般には公開されていない。普通の診療所として営業をしているが「兎角」は特別室へと案内されるのだ


「僕も嫌です!こんな野蛮で頭が悪そうな人と一緒に行くなんて、こちらからお断りさせて頂きます」

 どこからともなく幼い声がする


「あん?なんか聞こえたが?」

「ふふ、ターキー……そこに居るのよ。さっきからずっと居るの」

「どこにいやがる!隠れてねぇで、出て来い!」

「あなたの隣に座ってますけど……あなたは本当に「国」の人間ですか?あまりにも品が無さすぎるんですけど」

「なんだと!はじくぞ、テメェ」


「ターキー、落ち着いて。この子は「透明人間」なの。まだ制御が出来ていないからずっと見えないの。私が制御の手伝いをしてるんだけど、まだよく分かってなくて……だからもう一度検査をしてもらいたいから兎角診療所に連れて行ってくれる?」

 

「透明人間!……ちっ……誰にも「認知」されねぇから危険だっつぅことか」

「面倒くさいんだったら、別にいいですよ。僕も行きたいわけじゃないし……」

「ダメよ、今日二人で行ってくるの。ターキー……この子は「天野朔夜あまのさくや」って言うの」


「そうかよ、じゃあ勝手について来い!」

 ターキーは席を立つと、朔夜を探すでもなく出て行こうとする


「ターキー!朔夜は誰にも認知されないから手を繋いであげて!」

「――ハァ!?」

「大丈夫よ、周りからは見えてないから恥ずかしくないわよ」

「ちぃ!しゃ〜ねぇな!ほらっこっちへ来い」

「……分かりました」

 ターキーが手を差し伸べる。触れた手は、ほんの少しだけ震えている

 ターキーは痛くないように握り返すと言葉を発する事もなくantenna アンテナから出て行った


 移動は徒歩にした。基本的に運転はアルキがするのでターキーが車を使うことは無い

 診療所までの道のりも、そんなに遠いわけではないので徒歩で充分だ。朔夜も「透明人間」になってからというもの、街を歩くのは危険なので、散歩するのは久しぶりになる

 一華いちかは朔夜の息抜きも兼ねて、ターキーにお願いしたのだろう


「何も喋らないんですね」

「喋りてぇのかよ!」

「だいたいの大人は僕に気を使って話しかけてくるんですけど……あなたのような人は珍しいですね。野蛮ですし」

「あん?なんでオレがテメェに気を使わなけりゃいけねぇんだ!」

「一匹狼を気取ってるんですか?よくそんな感じで人間関係に悩まないでいられますね。それともあなたの周りには、敵ばかりですか?」


「……一匹狼ねぇ……よく口が回るガキだが手が震えてるぞ。オレが怖いのか?それとも検査が怖いのか?」


「あなたのような人は単純だから怖くないです。ただ検査は……あまり好きじゃない」


「……」


 ターキーと朔夜の沈黙はどれくらい経っただろう。少し震える手に何を思ったのか、歩く二人の向かった先は診療所ではなかった


「日曜日のこの時間……知り合いがいっぱいいるんだけど……どうせなら別の場所がいい」

「あぁ?ガキは公園が好きなんじゃねぇのかよ!検査をサボったんだ、別にどこでもいいだろ」


「デリカシーのない人ですね。少しは人の気持ちとか考えないんですか?」

「興味無いな。人が何を考えてようが関係ねぇ!オレはオレのやりたいようにやる」

「……羨ましい性格ですね」


 日陰のベンチで腰掛ける二人の視線の先には、朔夜くらいの子供達が楽しそうに遊んでいる

 しばらくの間、二人は何も喋らない。時折り繋いだ手にチカラが入ると、朔夜の感情に動きがあるのだと読み取れる


 目の前にいる子供達は知り合いなのだろう。朔夜の表情は分からないが少しの挙動をターキーが感じないはずはない


「まったく……こんなところに居ましたか」


 公園に座るターキーに声を掛けて来たのは、黒い服を着た三人の男達。ベンチを囲むように立ち並ぶがそんな事は気にも止めずに、足を組んだまま微動だにしないターキー


「君が天野朔弥あまのさくやと一緒にいると報告を受けているんだが……どこに?一緒では?」

 男の一人がベンチでふんぞり返っているターキーに尋ねる


「……さぁ?っていうかテメェらは誰だ?」

 隣にいる朔弥が息を呑んで繋いだ手にチカラが入る


「我々は「国」の「兎角管理」に関する諜報機関から来ているのだが診療所への検査に訪れるはずの子供が、行方不明になっていると聞いたものでね」

「……で?なぜオレが連れていると?」

「先程、連絡が入って診療所に向かったと」

 

「……オレが誰だか知っているのか?」


「……ええ、もちろん!……七面歩ななおもてあるきさんですよね!修徳高校教師の」


 その瞬間、ターキーを取り囲む男達は後方に吹き飛ぶ。前触れも無く吹き飛んだ男達は、地面に後頭部を打ちつけて気を失った


 まだ意識のあった一人が、すぐさま懐に隠し持っていた拳銃でターキーに向けて発泡する。目の前には遊びに夢中になっている子供達が走り回っているが、音のない発泡音に気付くことはない


 撃たれた弾は3発。ふんぞり返ったターキーの周辺にボトボトと落ちていく


 ターキーはすべてを弾く。その事に恐れをなしたのだろう、鋭い眼光で睨まれた男は「ヒィ」と微かな悲鳴をあげて、後退りするようにその場から逃げて行った。


 ガタガタと震える朔弥の手を握りしめ、ベンチから立ち上がるターキーは、「ちょっと歩くか」と言って公園から出ることにする


 目的も無くずいぶんと遠くまで歩いて来た二人に会話はない、ただターキーの左手には、繋いだままの手があるから朔夜がいることは確かである


 すでに右手に持っているスマホで、一華には連絡を入れている。公園で「何者かがターキーをアルキと間違えて襲撃してきたから、返り討ちにした」と、狙いはおそらく朔夜であること


 歩くうちに気持ちも落ち着いてきたのか、手の震えが収まった朔弥が語りかける


「あの人達って……悪い人?」

「オレとお前にとっちゃ〜悪い人だろうな」

「あなたは、凄い「兎角」を持ってるんですね……僕の透明人間とは大違いだ」

「お前のも使い方によっちゃあ強力だけどな」

「こんなのが?誰にも見えない孤独な能力だよ」

「強力だから狙われたんだろ?……連れて行かれたら犯罪に利用される可能性は高いだろうな」

「僕のチカラを欲しがってるってこと?大人の人達が?」

「嬉しいか?」

「分かんない……必要とされた事が無いから……存在を認めてもらえたってことなら、嬉しいかも」

「ケッ!考え過ぎだろ?」

「僕にとっては大事なことだよ」

「へぇ、そういうもんか?いろいろ考えてて、めんどくさい奴だな」

「ほとんどの人はそういうもんでしょ?人間関係はめんどくさい!だけど自分の存在を認めて欲しい!みんながみんな、あなたのようには出来ないんですよ!」

 

 繋いだ手にチカラが入る。


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 天野朔夜あまのさくやは小学5年生にしては大人びた考えを持っているほうだ。11歳の男の子は基本的には何も考えていない、何も考えていないというと語弊があるかもしれないが、同世代の女の子とは違う


 気が合うのは男の子達だ。一緒にいても気が楽だし、何を言っても次の日には忘れてるバカばかり。

 そんなバカが好きだ。自分も同じ種族だ


 大人になるにつれて違いが出てくる。身体に丸みが出てきて自分自身を気持ち悪く感じる


 だんだんと周りにいる友達が、女の子ばかりになってくる。女の子は幼くても女性的な考え方をしているから、友達に対して常に共感し共有を求めることが多い


 共感出来ない……

  

 友達のことは全部知っておきたい。自分だけが知っている。自分だけが知らないなんて許されない


 共感出来ない……


 朔夜は友達の輪に入っている時にいつも感じていた。自分を抑えて相手に合わせることもツラい、距離を取りたい、でも一人で居るのは寂しい。


 どうして自分は女の子なんだろうと……


 男の子と接している時が一番しっくりくる。自分は男の子なのだろうか?それとも女の子なのだろうか?男になりたいとも思うし、女でいたいとも思う


 自分が分からない。だから今は誰にも会いたくない……でも寂しい。誰かにいて欲しいけど「僕に構わないで欲しい」……「いっそ石ころにでもなれたら誰にも気付かれずにそこに居れるのに」


 朔夜は暗い精神の闇の中で何かに触れる


暗黒物質ダークマター」を観測したのだ


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「オレはオレだ!誰が何と言おうと関係ねぇ」

「――!オレはオレ?……じゃあ僕は?僕は何なの?」

「あん?知るか!他人に求めるな!テメェはまず自分で自分を認めろ!それからだ!」

 

「――!自分で自分を認める……」

 

「他人にあまり期待するな!めんどくせぇ事をごちゃごちゃ考えるんじゃねぇよ」

「だって……僕は自分が何なのか、分かんないだもん……どうしたいのかも分かんない……誰かに僕の存在を認めてもらわなくちゃ、生きていけない!」


「自分で肯定しろ!……ただ「自己肯定」出来たらオレが認めてやる!」

 

「――!」

 

「お前は「天野朔夜あまのさくや」。「透明になれる」という優れた「兎角」を持ち、ガキにしちゃあ少しは頭の回る人間だ……ってよ!」


 繋いだ手からチカラが抜ける。ショートに短く切った髪、ゆったりした服装にタイトなパンツスタイル、少年のような美少女がその姿を現した


「ふん、もう手は繋がなくていいのか?少しは自分を「肯定」出来たようだな……朔夜さくや!」


「……」

 返事は出来ない。声を出すとみっともなく泣きそうだから……しかしチカラ強く頷いた朔夜の足元には、大粒の涙がポタポタと落ちていく


 antenna アンテナに着くと、一華が慌ててカウンターから飛び出してくる。朔夜の姿を見ると「良かったね」とチカラ強く抱きしめた


 ターキーはそれを確認すると、黙って店を出ていこうとする。扉に触れる間際、背中に声が掛かる


「あの!……」


顔だけ半分ほど振り返るターキーは返事もしない


「ありがとう……ターキー」


「ふん!いい面構えだ……」


 それだけ言うとターキーは、後ろ手で右手を振ると朔夜に無言の別れを告げた

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