第14話 黒いリンゴ

朝、アルキはエッグサンドをテイクアウトするため「antenna アンテナ」に顔を出す


「おはよう、一華!昨日はありがとう」

「__?杏子ちゃんのこと?私も楽しかったからいいのよ」

「しかし、こんな男に、あんなベタ惚れな女が現れるとはな!」

「――は?杏子のこと言ってんのかターキー!」

「ふふ、そうね!良かったじゃない。最短で2年待てば「未来の伴侶」が来てくれるわよ!」

「はいはい、もう突っ込むつもりもねぇよ」

 

「ククク、後は「オレ」を受け入れられるかだな!」


「ターキーを受け入れられる女性ねぇ……わたしは好きよ!」

「ほぅ、一華……オレは何者もはじくぜ!」

「ふふ、「ソレ」がいいのよ!」


「……とにかく!今回の件……お二人さんにも協力してもらうことになるが、いいか?」

「ハァ?テメェ!一人でやれるっつぅからオレは出てねぇんだぞ!」

「いや〜ちょっと「兎角」が超強力過ぎてね」

杏子あんずちゃんと伊倉梅いくらうめちゃんね!」

「……ああ……それと「共振」だな」

アルキは二人に確認を取り、いざという時には協力してもらうように念を押した


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 朝の慌ただしい職員室に入ると、一瞬時が止まったように静まり返り、視線を感じるアルキは、居心地の悪い感じで自席に着く

 問題教師「七面歩ななおもてあるき」、と教員内では認識されているのだ


「おはようございます、佐倉先生」

「……おはようございます、七面先生……昨日は大丈夫でしたか?」

「いや〜散々でしたよ!取調室って、入ったことないでしょ?けっこう怖いですよ、あの空間!あの四ノ宮っていう警官がですね、「兎角」だろ!って言うんですよ。こっちは何の事かさっぱりで、「学校の七不思議」だから知らねぇって、言い返してやりましたよ!」


「そうですよね……「ポルターガイスト」ですよね……でも、生徒達の怪我がたいした事なくて良かったです。机が飛び回るなんて下手したら大怪我では済みませんからね……」

「そうなんですよ!そこで俺が決死の覚悟で中央に佇む女子生徒を救い出し……」

 

「あっ!七面先生!おはようございます」

「ん?ああ、おはようございます瑠美るみ先生!今ちょうど昨日の武勇伝をですね……」

 

「七面先生って問題教師なんですか?それともヒーローなんですか?」

 瑠美は小動物のような瞳でアルキを見つめる


「……おほん……お答えしましょう……わたくし七面歩ななおもてあるきは、ヒーローです!」

「キャ〜!カッコいい!」

アルキがここぞとばかりにアピールすると、ノリのいい瑠美はアイドルでも見るかのようなリアクションをする

 

「……昨日あんな事があったのにお気楽ですね七面先生!」

 アルキが瑠美と少しおふざけをしていると、佐倉からの冷たい言葉を背中に浴びせられる


「ぐ……申し訳ないです……とにかく全員無事で良かった」

「「特務課」はやっぱり捜査を続けるのですか?」

佐倉は気を取り直し、昨日の事をアルキに尋ねる

 

「どうですかね、いちおう、四ノ宮さんには学校に来ないでとは頼みましたけど……」

「七面先生も「兎角」ではないと感じてます?」

「これは……「学校の七不思議」ですよ。佐倉先生」

少し俯きがちな佐倉に優しく声をかけるアルキ。

 

「七面先生!任意同行って手錠されたんですかぁ?」

 瑠美がちょっといい雰囲気を壊すように、上目遣いでアルキを見て、二人の会話に割って入る

 

「いや〜刑事ドラマみたいに両手を出して「四ノ宮さん、行きましょうか?」って言ってみたんですけど、なんか冷めた感じでノリが悪かったです」

 

「ノリが悪くてすみませんね!」

「――!いやいや佐倉先生の事じゃないですよ!」

 

「もういいです!あとは瑠美先生にお任せします」 

「――え!ちょっと、もう行くんですか?佐倉先生」

 

「ええ……それと他の職員にもちゃんと説明しておいたほうがいいですよ!七面先生のことを不信に思っていますから……では」

 佐倉は冷たい視線をアルキに向けて職員室を出て行った


「……俺はどうやら嫌われているようですね」

「……七面先生は問題行動が多いですからぁ」

「う……瑠美先生もそう思ってます?」

「いいえ、わたしはその……七面先生のこと……」

 瑠美は頬を赤らめて俯きがちに答える

 

「おお……瑠美先生……まさか?」


「七面先生がわたしだけを見てくれるなら……その……」

「瑠美先生!今晩あたり、食事にでも一緒に行きませんか?いいフレンチのお店を知ってるんです!」

 アルキは姿勢を正し、いつもより少し低い声で、瑠美の目を見つめながら言う。見つめ返す瑠美………


「アルキ!もぉ〜待ってるんだから早く来てよ!」

 今度は、杏子あんずが瑠美とのいい雰囲気を壊すかのように職員室に入ってくると、アルキの腕を取り連れて行こうとする


「は?ちょっとお前!何してんだこんなところで」

「えぇ?いいじゃん!待ちくたびれたんだよ……アルキに会えなくて寂しかったんだよ……」

 杏子あんずは、瑠美に負けじと上目遣いでアルキを見つめる。わざとこのような行動を取っていることは明白だった


「なっ?言い方!」


「……な……七面先生ぇ……ず……ずいぶんと百地ももちさんと仲がよろしいようで……問題行動にあたると思いますが」

 

「待ってください!瑠美先生!これはコイツがわざとやっている事でして、問題にはならないんですよ!ましてや俺と瑠美先生の関係には何ら影響しません!」


 アルキが焦って誤解を解こうと頑張る


「アルキに問題は全然ないですよ!だってわたしが好きなだけだから!それに生徒が先生を好きになったらダメっていう法律は、無いんだよ!逆も然り!生徒と先生は恋愛していいんだよ!一線を超えちゃダメなだけ!」


「――な!お前何て事をこんなところで!俺の今後の婚活に関わるぞ!」

「だって恋愛は自由だもん!」

職員室内に響く杏子の声。教師が好きだと公言した女子生徒。静まり返る教員一同の視線を受けるアルキは、より一層、問題教師と認定されただろう


「七面先生……よくわかりました……ではわたしは授業がありますので!」

「あぁ……瑠美先生ぇ……」

 アルキは切なくかすれた声で、瑠美の背中に声を掛けるが、無視されてたまま杏子に連れて行かれた


 杏子に引きずられるように着いた場所は屋上。午前中に授業がないアルキは、先程のこともあり、居心地の悪い職員室にいるよりは、ここのほうが落ち着く

 

 屋上で風と日差しを浴びて、外で美味しく吸うタバコで気持ちを落ち着かせる。リラックスした気持ちで隣に座る杏子と、向かいに座るひじりに物申す


杏子あんずはいいとして、お前はサボるなよひじり!」

「アルキ先生にはちゃんとお礼を言いたくて……ありがとうございます!探求科のみんなのぶんも、俺から言っておきます」

ひじり……真面目だなぁ……俺がやったことは当然なんだよ。別に恩義を感じる必要はない」

 

「アルキ先生……あと……いろいろと嘘もついてて、すみませんでした……僕はこんないい先生に出会えて嬉しいです!」


ひじりぃ……お前ってやつは……どんだけいい奴なんだ!それに比べてコイツは、俺の婚活の邪魔をする!」

「だって……なんか瑠美先生もアルキのこと好きっぽいから……」

「もう嫌われたよ!お前のせいで!」

「フッフッフッ、作戦通り!」

「おい!」

 

アルキと杏子あんずのやり取りの中、ひじりは真剣な表情でアルキの手を取る。急に手を握ってくる聖に戸惑いつつも、男に手を握られることが新鮮で、ちょっと照れるアルキ。

「僕はもう、完全にアルキ先生を信頼して話をします!」

「お……おお……どうした改まって……」

「「学校の七不思議」にある美術室の「黒いリンゴ」をご存知ですか?」

「……ああ、話は聞いている。だが特に被害とかは出てないんだろう?」

「人的被害はありません……ですがこれも「兎角」なんです!本人は悩んでいます……僕はこれも「隠し」ていたんです!」

「「兎角隠し」をするほど強力な能力なのか?その……「黒いリンゴ」が!?」

 

「先生もご存知のはずです。「失われた景色」という事件があった事を……」


「「失われた景色」ってあれか?写真で切り取ったように、その一帯だけ「色が無くなった」っていう?」

 アルキがそう言うと杏子あんずもその事件と「黒いリンゴ」が関係している事は知らなかったようで「そうだったんだ……」と呟き驚いている様子だ


「あの事件以来、アイツは描けなくなったんです……」

「描けなくなった?……という事は……「兎角」に目覚めてしまったというのは、探究科の「相沢二斗あいざわにと」か?「美術」を探究している」


「はい、さすがに理解が早いですね……厳密に言えば「美術」を探究していた。ですが……」


「相沢は諦めたのか?探究する事を……」


「諦めざるを得なかったんです。なぜなら二斗にとが絵を描くと「その物体の色を奪う」ことになるから……」

ひじりは握っていたアルキの手をゆっくりと下ろして俯く


ひじり……お前は本当に優しいな……「失われた景色」と「黒いリンゴ」が結びつけば、相沢が「国」の監視下に置かれると悟り、「隠し」ていたんだな……」

ひじり、わたしも知らなかったよ!二斗にとが「兎角」を持ってるなんて!」

 

「ごめん、杏子あんず……「兎角隠し」はなるべく最小限に抑えたいと思ってたんだ……杏子あんずうめも大変だから」


「……うん……ありがとね、気を使ってくれて……でもひじりはいつもみんなの事ばかり、全部抱え込んで解決しようとしてくれるから……心配……」


「お前たちは本当にいい「仲間」だ!ひじりというリーダーがいて良かったな!杏子」

「うん!感謝してる」

アルキはもうそんなに心配しなくてもいいんだと、言わんばかりに杏子あんずひじりの頭に優しく手を置いた


「「……アルキ」……先生」


「今の話からだいたいの推測は立った!」


「「――えっ!」」


驚愕する二人に優しい眼差しで安心を与える。ひじりはずっと一人で頑張ってきた。「探究科」のため、みんなのため。みんなで一緒に卒業するんだと……誰が欠けることもなく卒業するために必死だった……張り詰めた糸が緩む


 頼れる大人から安心感を与えられたひじりは、「話して良かった、頼っていいんだ」と静かな涙を流す

 自分で駄目な時は「人に頼る」ことが出来る


 ひじりはまた一つ成長した

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