第4話 百地 杏子

必修科目となっている「兎角」だが、この教科の授業自体はまだまだ少ない。しかし教師としての仕事は当然授業だけではない


 通常ならテストやプリントの作成、通知表や調査書の作成、人によっては生活指導、PTA関係の業務、進路指導、保護者への対応、部活など授業以外にも膨大な業務が存在する


 アルキが修徳高校に「諜報員」として潜入している事は、この学校の理事ですら知らない。よって業務を任されればそれを全うするしかないのだ


「くっ……なんというブラックな世界だ……教師の仕事というのは……」

 事務作業に追われてデスクから離れられないアルキは、ぶつぶつと文句を言いつつも、山のように積まれた書類を処理していく

 

七面ななおもて先生!今日は先生の歓迎会をしようと思うのですが、予定はどうですか?」

 ほんのりと赤らめた頬でアルキに話し掛けるのは、普通科の国語教師「遠藤瑠美るみ」。先日の「霊の取り憑き」事件の時に授業をしていた教師だ

 

「おお!歓迎会ですか、嬉しいですね!ぜひ参加させて下さい。何人くらいですか?……それとも二人っきり?」

 

「えぇ!そ……そんな……違いますよぅ……二人っきりは……その、まだ……」

 瑠美は否定しているが、満更でもなさそうだ


「そうですか、じゃあ二人っきりはまた今度の機会に!」

 アルキは爽やかに答える


「――!は……はい!ぜひ」

 瑠美は顔を真っ赤にして口元を手で覆うと、俯き照れた様子だ

 

「七面先生……瑠美先生にも食事を誘ってるんですね!不純な目的で教師をされてるのでしたら、いろいろと問題になりますが」

 アルキの隣の席は「探求科顧問」の佐倉の席だ。先程まではいなかったが、いつのまにか戻って来ていたようで、会話の内容を聞いていたのだ


 因みに瑠美は、姓が「遠藤」の教師がもう一人いるので「瑠美先生」と呼ばれている


「――佐倉先生!これはですね、俺の挨拶といいますか……別に全員に言っている訳ではなくて……ですね……」

 アルキは慌てて弁解しようとする


「――えっ?挨拶?そうなんですか……わたし、少し七面先生のこと誤解していたみたいです……」

「あぁ……瑠美先生……決してみんなでは、ないんですよ……佐倉先生と瑠美先生にだけしか言っていません!ですよね佐倉先生!」

 

「……さぁ……どうでしょう?」

 

「七面先生、今日の歓迎会は行いますが、二人っきりというのは考えさせて下さい……佐倉先生は今日の歓迎会どうされますか?いちおう、今日は午後の「一大行事」もありますから、打ち上げも兼ねていますが」


 瑠美は少し冷たい視線をアルキに向けつつ、佐倉に尋ねる。その視線を受けたアルキは、チカラなく項垂うなだれてしまった……


「……不参加でお願いします……歓迎してませんので」

佐倉はそう言うと、教材を力強くデスクに置いて立ち去った

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 その日の昼食を屋上で取ることにしたアルキは、再び「百地ももち杏子あんず」と出会う


「おい、昼飯は持って来てないのか?」

「……」


「俺の知り合いに「antennaアンテナ」っていうカフェを経営してる奴がいるんだが、そいつの作ったエッグサンドならあるぞ!食うか?」

「……」


「その店、全然客がいないんだよ……味はいいんだけどな!」

「……」


「なんで客が来ないのか分かんないんだよ……他のメニューが不味いのか?……でもまぁ俺はエッグサンドしか食ったことないからなぁ……珈琲も美味いぞ!あぁそうか……いまどき喫煙出来ることがダメなのかもなぁ?」

「……うるさいわね!わたしに構わないでよ!いい先生でも気取りたいの!」

 

「……とりあえずエッグサンドいるか?」

 アルキはエッグサンドの入った袋を差し出す


「……ふん」

 杏子は袋を受け取ると中身を見て目を輝かせる

「美味しそう……」

 

「……」

 そんな杏子を横目で見つめるアルキは、おもむろにタバコを咥えると少し頬を緩める


「……何!?」

「……いや、何でもない」


 杏子は美味しそうにエッグサンドを完食すると、満足そうに「antennaアンテナ」を検索するが、探しても見当たらないようだ


「……いまどき検索しても出てこないカフェってどうなのよ!やる気あるの?」

「気に入ったならいつでも来ていいぞ、ほとんど俺もいるから奢ってやるよ!」

「――えっ?いいの?…………っていうかどういうつもり?」

 杏子は一瞬顔がほころぶがすぐにいぶかしんでアルキを睨む


「別にガキに興味はねぇよ!……興味があるとすれば佐倉先生……かな?……瑠美先生もいいな」

「ハァ?まさか、わたしに取り持てって言うつもり!?」

「違うわ!それくらい自分で出来る!」

「じゃあ何なのよ!」

 

「聞きたいことがあるのと、お前はあまり家に居たくないじゃないかと思ってな!」

「…………調べたの?……」

「生徒の情報は確認済みだ、授業に出ないのに学校に来ている……それは行き場がないからなんじゃないか?」

「ふん……それでわたしにどうしろって?」

「話が早い!さすが学年2位!……お前の友達である「伊倉いくらうめ」について知りたい」

「――!そぅ……目的は?」

 

「副顧問が不登校の子について調べるのは普通だろ?」

「……そうかなぁ?いまどきそんな暑苦しい人いる?しかも「副」顧問」

「う……副顧問だから動けるんだよ!」

「ふ〜ん」


 杏子の話によると「伊倉いくらうめ」は、イジメにより不登校になっているということ、そして友人である杏子は「探求科」に居づらくなり、登校はするものの教室へは行かないようにしているということだ


 話を聞いた後は杏子に「antenna アンテナ」の場所を送信して、「遠慮するなよ」と告げて別れた

 

職員室に戻ると佐倉が探求科の生徒と何やら話している様子だ、アルキは生徒情報データで確認した際に全員の名前と顔を一致させている


 少女の名前は「田邑たむらまい」、探求科の生徒なので優秀なのは間違いないが、クラスの中では成績は下の方だ


「あの先生だったら、探求科の質が落ちると思うんです!だから佐倉先生からも校長先生に、掛け合ってもらっていいですか?私達に協力してくれますよね?……あ!……七面先生……」


 アルキが戻って来ていたことに気付かずにいた田邑舞は、話の内容を聞かれたのではないかと気まずそうにしている


「……田邑さん、とりあえずもう授業が始まるから行きなさい」

「……はい……では考えておいて下さい」

 田邑舞は横目でアルキを見つつ職員室を出て行った




「佐倉先生!」


「……なんですか?今の話は何かという質問は……」


「美味しそうなパスタのお店見つけたんですけど今度良かったら一緒に行きませんか?」

 

 佐倉はアルキの能天気な雰囲気に呆れて気が抜けてしまい、ため息とともに、肩からチカラが抜けていった

 

「……はぁ……七面先生……あなたは真面目に教師をやっていく気は無いのですか?今だって生徒から……」

 

「佐倉先生、その話は俺にしないほうがいいですよ!とりあえず生徒と向き合い先生自身が判断してどうするか決めて下さい」


「――なっ!わ……分かってますよ!あなたに言われなくてもそうするつもりです!」


アルキが真剣な眼差しで佐倉を見つめる。あまり見つめられてない人にとっては、恥ずかしいくらいだろう。佐倉はアルキから目を逸らし、少しほてった頬を誤魔化すように、作業中だったデスクの上の書類を片付けている


「佐倉先生……」

「な……何ですか!」

「……ただ食事を誘うのにセクハラって言うのは勘弁して下さい」


「それはセクハラです!」

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