第2話 修徳高校 探究科

修徳しゅうとく高校は偏差値70以上ある進学校である。その中に「探求科」と呼ばれるクラスが一つだけ存在する


 探求科は通常の高校の勉強とは別に生徒自身が「探求」すべき課題を見つけ学んでいくという特殊なクラスである

 そしてこの探求科の生徒達の学力は、普通科の生徒よりも優れており、同じ高校ではあるが「特別」であるという認識で在学している


 この修徳高校「探求科」の副顧問として今日から働くのは、七面ななおもてあるき32歳独身。彼の目標は「未来の伴侶」を見つけること


 アルキは今、探求科の生徒達の前に立っている

 

            |

            |

 

 数時間前、アルキは喫茶店antennaアンテナに早朝から来ていた

「アルキが教育ねぇ……大丈夫なの?」

「偏差値70以上っていっても子供だろ?なんとかなるだろ」

 アルキは朝食のエッグサンドを食べながら答える

 

「コイツのことだ!どうせオンナのケツばっかり追っかけるんだぜ!」

「うるさいぞターキー!タバコ吸うぞ!」

「ちっ!」

「ちょっとアルキ!まさか女子高生に手を出すんじゃないでしょうね!犯罪は勘弁してよ!」

「アホか!ガキに興味なんてねぇよ。狙うは美人教師だろ!あの学校の教師は顔の面接もあるんじゃないかってくらい、顔面偏差値も高いらしいからな。きっと知的で美しい女性が俺の事を待っているに違いない……フッフッフ」


 一華はあきれるようにため息をつくと、アルキがおもむろにくわえたタバコに火を付ける


「……学校の七不思議」

一華は吐息がかかるくらいの位置まで顔を近付けると耳元でそう囁く


「……だな……」

            |

            |

 

「えぇと自己紹介するぞ!七面ななおもてあるきだ!君達の副顧問ということで、科目は社会の新科目「兎角とかく」を教える!よろしく」


 今年から高校の必修科目として導入される事になった社会の新科目「兎角」は、近年突然現れた異能者に対する社会性を学ぶ事を重視した科目だ


 これはいつどこで自分自身が「兎角」になっても悩まずに、社会に馴染めるように、「兎角」になった者を理解出来るようにと学ぶものである


 何故、科目が道徳的なものでなく必修科目の社会であるのか、これは国家にとって重要な法律が定められた事にある


 一定以上の強力な「兎角」を有する者は、その身を「国」の管理下に置くこと、が義務付けられたのだ


 朝のホームルームと紹介を終えたアルキに対して探究科の生徒達は、とくに盛り上がるような雰囲気はない。静まり返る探求科の生徒達は、値踏みをするように見つめるだけだ

 

「七面先生!最終学歴はどうなってますか?」

 誰もが値踏みする中で一人質問をする生徒がいる

 

「おお!質問いいねぇ、えっと「八神やがみひじり」君かな?」

アルキは名簿を確認する素振りも無く、声を掛けてきた生徒の名前を呼んだ


「「「――!」」」


「へぇ……予習はしているんですね」

ひじりはその端正な顔立ちで、アルキを見る


「ん?ああ、学年トップの名前くらい覚えてるよ!この学力至上主義の「探求科」でまず始めに発言出来るのは、カースト上位であり学年トップの人間くらいだろ?とくに「探求科」ではね!お前の顔は……うん、今覚えたよ」

 

「――!適当……ですか?……」

 聖が語気を強めると、クラスの雰囲気がヒリつく

 

「適当ねぇ……でも当たってただろ?」

 アルキは飄々ひょうひょうと答える


「……なるほど……そういう人ですか……分かりました」

「おっ!理解してくれたか?勘のいい男は好きだぞ!ちなみに、最終学歴はいろいろあって工科大を2年だけだ!」

 

「「「2年って中退?」え?マジ?」なんでここに?」」」

それを聞いた探究科の生徒達は、終始ざわつきが収まらなかった……

 

          |

          |

 

 ホームルーム後、教室を出てアルキと職員室へ並んで歩くのは探求科「顧問」の佐倉さくらえみ。難解大学の修士課程修了後に、修徳高校の教師としては、一年目の「クールな美人女教師」である


「佐倉先生、生徒達の情報データって確認出来ますか?教室に空席が二つあったので、気になったんですけど……欠席なんですか?」

 

「……ええ、彼女達は欠席ですね。確認の許可を取らないといけませんが、生徒情報は一応見れますよ……ただ七面先生には必要ないように思いますが……」


「それはすぐに辞める事になるから……ですか?」


「――!察しがいいんですね……どうしてあなたのような人がこの探求科にいるのか、分かりませんが、生徒達からも受け入れられていないように思います……今のうちに普通科のほうに移動をお願いして下さい」


「佐倉先生……あなたは優しいですね」

「――なっ!どうしてそうなるのですか!?」

「探究科の顧問としてやっていく中で、前任者がそれだけ辞めていくと不安にもなりますよね……俺の心配をしてくれてるんでしょう?」

 アルキは優しい眼差しで佐倉を見て微笑む


「――!七面先生……今まで探究科の生徒達が顧問の先生達に何をしてきたのか知っていたのですか?」


「……中心人物は男子生徒の「八神やがみひじり」ですかね?」

「えぇ……彼に逆らってはダメですよ……何人も追い詰められてきましたから……仮に学校側に言ってもダメですよ。探究科は「特別」なんですから」


「佐倉先生は大丈夫なんですか?一年目で大変でしょ?」


「私は……ただいるだけ……深入りしていない……それだけです」

 

「佐倉先生……ツラい時は気軽に相談して下さい、これは俺の連絡先です!つきましては佐倉先生の悩みを今晩食事でもしながらじっくりと聞きましょう!」

 

「……七面先生……まさか……セクハラですか?」


「えっ!ま……まま……まさかぁ?違いますよ。くっ、生きづらい世の中になったものだ……」

 アルキの言葉尻は独り言のようにボソボソと小さくなっていく


「ですよね、まさか「教職員」がナンパなんてするはずないですよね」

 佐倉はいぶかしんでアルキを見る


「ない!ない!ないですよ!…………ハァ」


 そんなやり取りをしつつ職員室に辿り着く。他の先生への挨拶や朝礼を無難に済ませたアルキは、授業も無いので確認を取り生徒の情報を見てみることにした


 探求科の生徒の情報データでは不登校の生徒「伊倉いくらうめ」が欠席、学年2位の「百地ももち杏子あんず」のほうは学校に来てはいるが、朝から授業に出ていないようだ


 伊倉梅は欠席続きだが、なぜか一日だけ授業には出ずに通学している日がある。授業には出ずに……百地杏子と同じように、だがこの「一日だけ」ということに意味はあるのか……


 この「探求科」は一年だけでも3人の顧問が辞めている。最初の顧問であった「田口修二たぐちしゅうじ」が一番長く勤めていたらしい


 校内を散策してみると、屋上は一般的には解放されていない。事故などに繋がるような危険な場所は、立ち入り禁止になっているのだ


アルキは、そんなの関係ねぇとばかりに屋上への扉を開ける。吹き抜ける風と眩しく照らす太陽に目を細める

 

 光で霞んだ目がゆっくりと慣れていくと、ぼやけた景色に一人の少女が佇んでいた


 アルキはおもむろにタバコを咥えると、風が強く、火が付かないライターにイラつきながら少女のほうに近付く


「今は授業中だぞ、こんなところで何してるんだ」

 アルキはその背中に声を掛ける。すると彼女は不機嫌な態度で振り返り無視してどこかへ行こうとした


百地ももち杏子あんずだな!」


「――!」

 少女は立ち止まりアルキを見るが決して感じのいい雰囲気ではなさそうだ


「探求科の副顧問になった七面歩だ、質問しているんだが答えてくれないか?」


「……学校の屋上でタバコ吸う非常識な先生に答える必要ないと思います!」

「朝からずっと授業にも出ず、立ち入り禁止の屋上にいるのは非常識じゃないのか?」


「……聞いた通りウザいわね」

「「聞いた通り」ね、なるほど……探求科の生徒とは連絡取り合ってるなら、人間関係で授業に出ない訳ではないか……」

「アンタ、わたしに関わると学校にいられなくなるわよ」


「ふむ、八神ひじりが俺を追い出そうとするとか?」

「ウザ……」

 杏子は立ち去ろうとする


「おい、お前に聞きたいことがある。伊倉うめには友達はいないのか?」

「――!うめにも関わらないで!アンタに何が出来るのよ!」

 杏子は怒鳴るようにそう言うと、アルキの問いに答える事もなく走り去ってしまった


「……思春期は難しいなぁ」


            |

            |


 教師となって初めての授業をするアルキは、「探求科の生徒」にすっかり嫌われてしまったようだ。必修科目である「兎角」の授業にも関わらず、真面目に授業を聞いている者はいない


「「兎角」がなぜ存在するのかはまだ研究中の段階で世界的にも謎のままなんだ……国民にとってはどうしても恐怖の対象になりがちだがしっかり国の管理下に置かれると保障もあるし……って聞いてないか?」


 生徒達は授業を聞かず各々の勉強をしている。典型的な教師への嫌がらせの一つ、生徒達がまったく授業を聞かないが、テストではいい点を取るなどして「あなたの事は必要ないですよ」と、回りくどく無能感を出す嫌がらせだ

 アルキは、クラス全体の嫌がらせに対して「やれやれ」とため息混じりで対処する

 

「……ひじり、「兎角」についてどう思う?」

 アルキは八神聖を下の名前で呼ぶ

 

「――!いきなり名前呼びで距離を詰めようとしても無駄ですよ。あなたは僕達にとって必要のない人間ですから」

「あっいいね!そういう話をしようか」


「……そういう話?」


「「探求科」にとって「必要な人間」とは?とか。哲学的で好きだろ?」

 

「七面先生……あなたが僕達に出来る事は、すぐにでもこの探究科を辞めて「関わらないこと」くらいですよ」

「「アルキ先生」でいいぞひじり。この「探求科」の事、一日でだいたい理解したぞ……むしろ俺じゃないと無理なんじゃないかな?」

 

「……自信過剰じゃないですか?七面先生」


「世の中自信過剰くらいがちょうどいい、どんなに打ちのめされても「俺なら出来る!わたしならやれる!」って気持ちが大事なんだよなぁ。何事も」


「では、七面先生は「兎角」をどう見てますか?」

 

アルキはひじりの質問に対しわざとらしく考えるそぶりを見せて答える

「「兎角」は使い方を間違えれば身を滅ぼすことになりかねない……危ない連中に利用されることもあるだろう。だから「大人おとな」が「子供達」にしっかりと教育していかなければならないと思う」


「……綺麗事ですね。結局「国」がそのチカラを管理し、研究して、「他国」よりも先に「うまく利用」出来るか、「実験体」として「宇宙の真理」を理解出来るか、しか考えてないんでしょう?」


「聖、お前……賢いなぁ」

「分かってくれましたか?僕達には七面先生みたいな「大人」が必要ないってこと」


 アルキと聖が対話をしているのを、黙って聞く探求科の生徒達。午後最後の授業ということもあり、日もかなり落ちてきた頃に廊下のほうから悲鳴のような叫び声が響きわたる


「「「――!」」」


 今はまだ授業中ということもあり、聞こえてくる悲鳴は、廊下にいる生徒ではなく、別のクラスの教室から発せられた声が廊下を通ってきたのだ


 ただならぬ複数の悲鳴にさすがの探求科の生徒達も表情がこわばる

 

「みんな!俺が教室から出たら鍵を閉めて窓も閉めろ!」

 アルキは探求科の生徒達にそう告げるとすぐさま廊下へ出て悲鳴があった教室へ向かった


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る