vol.8 困った娘
[Ⅰ]
バーンズという男が、女の隣にやって来た。
近くで見ると、かなりデカい。
ヘビー級の中でも、かなりデカい部類に入るだろう。
身長175cmの俺より、20cm以上は高いので、見上げる大きさである。
歳はそこそこいってると思うが、なかなか悪そうな親父さんであった。
だが、顔つきが娘とあまり似ていないのが気になるところだ。まぁどうでもいいが。
女は慌てて男に振り向いた。
「お、お父さん……なんでここに」
「おい、ミュリン、コイツが何か言ってきたのか? なんならぶっ飛ばしてやるぞ」
奥さん、聞きました?
ぶっ飛ばすですって……おーこわっ。
まぁそれはさておき、この親父は恐らく、裏社会の人間なんだろう。
リンクがさっき見せた表情は、恐怖というよりも、面倒さからくる嫌な顔だったからだ。
たぶん、この辺りがシマのヤクザ者なのかもしれない。
「違うわよ! あっち行っててよ。というか、なんでここにいるのよ!」
「今朝、お前の様子が変だったからだよ。どうしたんだ、ミュリン。珍しいじゃないか、朝食に顔を出さないなんて……」
「ほっといてよ! 食べたい気分じゃなかったからなの!」
「そんなに怒らなくても良いじゃないか。何があったんだ? 昨夜、帰ってきてから、様子が変だぞ」
はい、原因はたぶん、俺です。
アンタの娘さんで楽しませてもらったぜ……なぁんて事は言わないでおこう。
今は成り行きを見守るべし。
とはいえ、他の客達の視線がこちらに集まっているのが、如何ともしがたいところだ。
それはともかく、女はそこで、俺をチラッと見た。
女の表情は、若干困った感じだ。
言おうかどうか、迷ってるんだろう。
好きにするがいい。
俺は逃げも隠れもせん。
などと考えていると、女は俺に近づき、小さく囁いたのだった。
「貴方が何とかしてよ」と。
俺は思わず声が出てしまった。
「は? なんで?」
だがその直後、鬼の形相をしたバーンズが、俺に迫ってきたのである。
「おい、貴様! 娘に何を言いやがった!」
「何って……寧ろ俺は、言われた方なんですけど……」
「テメェ! なんだその口の利き方は!」
女はそこで親父に振り返った。
「お父さん、話があるの。私、この人と冒険に出るわ!」
「ぼ、冒険!? 何だとぉ!」
「ちょっと待て! なんじゃそら!」
俺とバーンズは声を荒げた。
この女、一体何を考えているのやら……。
「だって、この人、凄く強いのよ! お父さんの部下なんて目じゃないくらいに!」
俺はムンクの叫びのような気分であった。
(も、もうやめてぇぇ! 変な事を吹き込まないでェェ! なんちゅう迷惑娘だ。俺が悪かったよぉ。ちゃんと最後までして満足させてやるべきだったか……う~ん)
バーンズは目をひんむいて大きな声を上げた。
「ミュリン! お前、冒険って事は……チッ! おい、お前達、このアメノ野郎をわからせてやれ!」
「はッ、バーンズ様」
この男の後ろから、強面の厳つい戦士達がやって来た。
なんつーか、最低な展開になってきました。
サタはそれを見て、ケラケラ笑っていた。
ムカつくエテ公である。
まぁとはいえ、俺が播いた種だ。
刈り取りは自分でするとしよう。
「なんでこうなるかなぁ……つか、ここでするんですか? 店の迷惑になるから外でしません?」
バーンズが眉を吊りあげた。
「ほう……良い度胸じゃねぇか、アメノ野郎。なら、表出ろ!」
というわけで、俺は奴等と共に、表に出るハメになったのである。
その途中、リンクが慌てて俺に駆け寄り、囁くように忠告してきた。
「エ、エイシュンさん……アイツ等と揉めるのは不味いよ。バーンズ一家は有力貴族お抱えの何でも屋なんだ。今からでも謝って、穏便に済ませた方がいい。冒険者仲間でも、こいつ等のせいで、王都から離れた奴もいるんだから」
つまり、支配者側から裏の仕事を請け負う奴等……って、事なんだろう。
昨夜、女が俺に絡んで来たのも、宮廷魔導師長の娘の依頼らしいし。
お上と通じてる公認ヤクザみたいなモノなのかもしれない。
確かに、面倒な奴等だが、俺的にはどうでもいいので、とっとと終わらせるとしよう。
とはいえ、あまりにもしつこかったら、高飛びだが。
店を出たところで、バーンズの声が聞こえてきた。
「おい、アメノ野郎、ミュリンに何を吹き込んだのか知らねぇが、後悔させてやる。簡単にミュリンは渡さねぇからな」
「は? 渡す? 意味わかんないんスけど……」
バーンズの周りには、取り巻きと思われる連中が十数人いた。
まぁ揃いも揃って、素行の悪そうな輩ばかりである。
そこにあの女もいた。
女は俺を見て笑っている。
してやったり、ってとこか。
周囲に目を向けると、野次馬も集まってきていた。
「おい、お前達5人で、ちょっとコイツを痛めつけてやれ。殺しちまっても、俺がなんとかしてやらぁ」
「ハッ、バーンズ様」
バーンズは取り巻きにいる戦士系の輩達に、そう指示を出した。
殺人司令が出ましたね。凄いですね。文化の違いを感じます。
倫理観も中世レベルなようですね。って、当たり前か。
それはさておき、5人の輩は剣を抜き、俺へと迫ってきた。
俺達がいる大通りには野次馬が集まっている事もあり、ちょっとしたショー状態である。
とはいえ、野次馬達は哀れな目で、俺を見ているのは言うまでもない。
誰も止めないところを見ると、バーンズという男と関わるのが嫌なのだろう。
「おい、アメノ野郎! お前も背中の剣を抜いたらどうだ? もう始まってるぞ」
バーンズは面白おかしく、そう言った。
だが、俺はこんな事で刀を抜くつもりはない。
「どうするんじゃ、エイシュン。刀を抜かんのか? 5人もいるぞ、ゴツイのが」
と、肩にいるサタが訊いてきた。
「抜かんよ。真紋の一族をナメんな。一般人に後れを取るようじゃ、名を継げんよ」
それよりも、アメノ野郎という言い方が気になるところだ。
たぶん、アメノナカツクニ人の野郎を略したんだとは思うが、ここでは俺みたいな東アジア系の顔付きの奴は、こういう風に呼ばれてるのかもしれない。
まぁいい。とりあえず、とっとと終わらせよう。
俺は無造作に奴等へと近付いた。
「なんだ、コイツ……武器も抜かずにこっちに来やがった。ナメてんのか!」
奴等の1人が声を荒げた。
俺は構わず、その辺を歩くかのように奴等へと近付く。
すると、その中の1人が、俺に間合いを詰め、剣を振り被ったのである。
俺はその隙を逃さず、その戦士の額に、幽震の不動術を打ち込んだ。
と、その直後、戦士はそこでバタリと倒れ込んだのである。
「な!? 何しやがった!」
「いきなり倒れたぞ!」
4人の戦士はそれを見て、ギョッとしていた。
バーンズの声が聞こえてくる。
「おい、アメノ野郎……今、何をした!」
「さぁね。さて、続けようか」
俺は4人の戦士に視線を向けた。
「チッ! おい、コイツは得体の知れない魔法を使いやがる! コイツを囲むぞ!」
「ああ!」
4人は不動術にビビったのか、やや間合いを開けながら俺を取り囲んだ。
そして、ジリジリと俺に近づいて来たのである。
だが、距離にして5mくらいで奴等は足を止め、俺をジッと見据えたのだ。
どうやら、俺の出方を窺っているようである。
そんな中、俺は術を行使する為の霊力を練り始めたのであった。
「ほう……囲まれたのう。奴等も警戒しとるわ。どうするんじゃ? 我を追い詰めたように、結界でも張るのか?」
と、サタ。
俺は鼻で笑ってやった。
「フッ、そんな事する必要ない。こういう輩には、良い方法があるんだよ」
「良い方法?」
「まぁ見てろ」
俺はそこで、道に転がる大き目の石を手に取った。
そして、石に何かを仕込むようなフリをして、真上に大きく放り投げたのである。
すると案の定であった。
この場にいる者達は皆、石へと視線を向けていたのだ。
それは、取り囲む戦士達も例外ではなかった。
俺はこの隙を逃さなかった。
すぐさま縮地の手印を結び、呪言を小さく唱えると、見上げる4人の額に幽震の不動術を打ち込んでやったのだ。
丁度そこで、俺が投げた石が地面に落ちてきた。
それと同じくして、4人の戦士達も事切れたかのように、地面へと突っ伏したのである。
その瞬間、この場は静まり返った。
「な!? た、倒れてるだと! いつの間に……」
バーンズはこの有り様を見て、目を大きくしていた。
石に気を取られていて、何も見えていなかったようだ。
「ウソだろ……今、どうやって倒したんだ……」
「すげぇ……あの男……何者だよ……」
野次馬達もその瞬間を見失っていたようだ。
俺はバーンズに視線を向けた。
「どうします、バーンズさん? まだ続けますか? 俺も用があるので、あまり貴方と揉めたくないんですよ。これで終わりにしてもらえませんでしょうか。それと、貴方の娘さんに何も吹き込んだりしてませんから、そこは安心してください」
「何?」
バーンズは面白くなさそうに俺を睨んだ。
すると、その時であった。
「ね? 凄いでしょ、この人! だから私、この人と冒険することにしたのよ。お父さん、いいでしょ?」
なんと、女が俺の前に立ち、妙な事を言い出したのだ。
正直、流れの読めない会話であった。
というか、何言ってんだお前は! である。
「おいおい……なんだよ、冒険て?」
女が俺の傍に来る。
「ここからは私に任せて。貴方も、お父さんと、これ以上揉めたくないでしょ?」
「まぁな。で、どうすんだ?」
「とりあえず、私の話に合わせればいいわ」
「……はいよ」
話が纏まったところで、女は親父に向き直った。
「お父さん、以前言ってたわよね。俺が認めるくらい強い奴とじゃないと、冒険は認めないって。彼ならいいでしょ? 凄く強いんだから」
「でもミュリン……冒険に出るって……つまり……」
バーンズは俺と女を交互に見て、困った表情になっていた。
娘と何やら約束してたようだが、俺と本当に冒険するのは、正直、勘弁してほしいところだ。
この女もセクハラ男と冒険なんて、口から出たデマカセだろう。だよね?
「そうよ……私が決めた事なんだからいいでしょ?」
バーンズは困った表情で黙り込んだ。
暫し沈黙の時が続く。
すると程なくして、バーンズは溜め息混じりに、こちらへとやって来たのだった。
バーンズは俺をジッと見据えると、
「おい、お前……なかなかの腕っぷしだな。良いだろう。何モンか知らねえが……ミュリンをちゃんと護れよ。泣かしたら承知しねぇからな」
なぁんて事を言い出したのだ。
俺は「は?」としか言えなかった。
バーンズは完全に、娘の言葉を信用している感じだ。
少しは疑えよ! と、思ったのは言うまでもない。
「おい、ミュリン。一応、認めるが……その時にはちゃんと俺の所に来いよ。お前は俺の娘なんだからな」
「わかってるわよ」
「よし! じゃあ、行ってこい、ミュリン!」
「ありがとう、お父さん」
親子は目を潤ませ、そこで抱き合った。
なんというか、わけのわからない展開であった。
話が纏まる頃になると、大通りは通常モードになっていた。
沢山いた野次馬共も、いつの間にか居なくなっている。
そして、バーンズ一味もその後、静かにこの場から去っていったのである。
リンクがそこで俺に駆け寄ってきた。
「エイシュンさん……アンタ、すげぇよ。目にも止まらぬ速さで、あのゴツい5人を倒しちまったじゃないか。どうやって倒したんだよ?」
「それは企業秘密だな」
「キギョウヒミツ? ん? ア、アンタは……」
そこでバーンズの娘がやってきた。
すると娘は俺に向かい、ニコッと可愛く微笑んだのだ。
「エヘ……そういうわけで……私、ミュリンて言うの。これからよろしくね」
そして、何ともいえない寒い風が、俺達の間を抜けていったのであった。
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