vol.6 勧誘
[Ⅰ]
俺は背負っている霊刀と術具の入った肩掛け鞄を下ろし、そこで横になった。
もう就寝の頃合いのようだ。
室内を明るくしていた燭台の火も消え、今は薄暗くなっている。
至る所からイビキが聞こえてくるが、とりあえず、我慢するしかないだろう。
今日は色々と疲れたので、俺ももう寝るところである。
ちなみにサタは、俺の隣で既に就寝中だ。気楽なもんである。
まぁそれはさておき、こういう場所だと所持品の盗難が考えられるので、俺は用心の為、呪術で対策はしておいた。
物騒なので致し方ないところである。
さて、寝るとしよう。
そして、俺は眠りについたのだった。
だが、それから数時間後の早朝。
俺は叫び声で目を醒ます事となったのだ。
「ウワァァ、仲間がぁ!」
「キャァァ!」
理由は起きた瞬間にすぐわかった。
もう何と言っていいか、溜め息を吐きたくなる事態が起きていたからだ。
他の宿泊者達も、その叫び声で目を醒ましていた。
周囲から、「なんだなんだ?」という声が聞こえてくる。
また、サタに至っては、その原因を見るや、笑い転げる始末であった。
ツボったのだろう。
まぁ無理もないところである。
(おいおいおい……何だこりゃ。トラップに3人も掛かってるやんけ。手癖の悪い奴が多いなぁ、もう。こりゃ、相当治安悪いわ……ここ)
そう、俺が寝る前に仕込んだ盗難防止用の呪術トラップに、引っ掛かったアホ共がいたのだ。
全く持って面倒な展開である。
アホ共は全員、俺の刀を盗もうとしていたようだ。
刀に仕込んでおいた不動霊縛の術紋に、見事に引っ掛かっていた。
3人共、刀を触れた事により、そのまま金縛りに遭っていたのである。
(トラップ仕掛けて正解だったな。しかも、3人の内の1人は、昨晩、俺に話しかけてきたアジア系のオッサン戦士じゃないか。ったく……俺に近付いてきたのは油断させる為かよ……朝から気分悪いわ。ン?)
ふとそんな事を考えていると、俺に詰め寄るイケメン戦士と美女戦士がいた。
「おい、アンタ! 仲間に一体何をした? なぜ倒れているんだ!」
「兄さんの言うとおりよ! なんでリンクが倒れてるのよ!」
どうやら兄妹のようだ。
顔つきは共に、ラテン系の人種に見える。
兄のイケメン戦士は茶髪のロン毛で、俺くらいの上背がある体育会系の男であった。
妹の美女戦士は茶髪のセミロングで、カチューシャのようなヘアバンドをしている。背は低めだ。
ちなみに、美女といったが、色気は全くない。
安全性能に疑問があるビキニアーマーとかでも装備していたら、話は変わるが、普通の西洋鎧である。
昨夜の女盗賊の方が色気はあるだろう。
まぁそんなどうでも良い事はさておき、とりあえず、適当に話しておこう。
「あらら……貴方達のお仲間でしたか。やっちゃいましたね」
「やっちゃいました? どういう意味だ」
「実は俺ね……昨晩、道具を盗まれないようにする魔法を仕込んでおいたんですよ。物騒な世の中ですからね」
「ぬ、盗まれないようにする魔法だと?」
「何よ……その魔法……」
2人はそう言って、目を大きくしていた。
ちょっと驚いてる感じだ。
「まぁ簡単に言うと、自分以外の者が道具に触れたら、身動きできなくする魔法を仕込んだんです。で、コレを見る限り、この3人は触っちゃったんでしょうねぇ」
俺はそう言って、床に視線を落とした。
3人は今、床に突っ伏して、身体を痙攣させているところだ。
ちなみに、3人は男だが、1人だけ人間じゃないのがいた。
そいつは大人だが、子供のように背の低い奴で、耳もエルフほどではないが尖っていた。
指輪の物語に出てくる小人種族みたいな奴であった。
とりあえず、著作権の問題もあるので、その種族名には触れないでおくとしよう。
「そ、それはわかったが……これは大丈夫なのか? 痙攣してるが……」
「ああ、大丈夫ですよ。待ってて下さい」
俺は霊力を練ると、手で解呪の印を結んだ。
そして、倒れる3人の額に、印を組んだまま指を当て、霊力を送り込んだのである。
程なくして、3人は痙攣も治まり、力が抜けたように、ぐったりと横たわった。
不動術に捕らわれて疲れたのか、呼吸は荒い。
恐らく彼等は、その効能に懲りた事だろう。
さて、これで解呪は終わりである。
「とりあえず、疲労はあると思いますけど、これで魔法は解けましたよ」
「あ、ああ……」
この場にいる者達はなぜか知らんが、引きつった顔で、俺と3人を交互に見ていた。
そして、ザワザワし始めたのである。
「おい……なんだ、あの魔法……初めて見たぞ」
「道具に触ったら痙攣するって……なんだよ、その魔法」
「アイツ、魔導師なのか? あんな長い剣持ってるから、剣士と思ってたよ」
「何者だ、アイツ……」
ギャラリーからは、こんな声が聞こえてきた。
もしかすると俺は、してはいけない事をしてしまったのかもしれない。
(あちゃー……余計な事したか、俺。この地域で使われてる魔法に、こういうのないんかよ。参ったな……軽率だったか。もう少し、この辺で使われている魔法とやらを調べる必要があるな。異世界初日だから、トラブル続きやわ……)
などと考えつつ、俺はすぐに荷を整え、この宿屋をそそくさとチェックアウトしたのであった。
[Ⅱ]
宿を出ると、遠くに見える山の裾野から、日が昇ろうとしているところであった。
異世界の夜明けである。
元の世界でも起床は早かったので、見慣れた光景であった。
周囲はやや薄暗いが、視界は悪くない。
普通に生活できるレベルの明るさだ。
また、この感じだと、今日も暑そうである。
「エイシュン、今日はどうするのだ? 街に留まるのか」
「どうすっかな……ところでサタ、宝玉の力は戻ってきてるか?」
サタは虹色の宝玉を見せてくれた。
見たところ変化なしである。
「なぁんも変わっておらぬぞ。まだそれを気にするには早いんじゃないか? 昨日の今日じゃからな」
「まぁ確かに、そう簡単にはいかんか。仕方ない。とりあえず、今日はこのアレングランドを少し散策するかな。暫く留まる事になるかもしれないし。それと、着替えの服も欲しいし、風呂にも入りたいんだよねぇ……入浴文化あると良いなぁ」
「それもそうじゃな……我もせめて行水くらいはしたいからのう」
「だな。さてと、行くか。ン?」
するとその時であった。
「お~い! ちょっと待ってくれぇ!」
宿の方から、大きな声が聞こえてきたのである。
振り返ると、さっき俺に詰め寄ってきたイケメン戦士であった。
イケメン戦士は俺の方へ、息荒く駆けてきた。
「なんですか? 罠に引っ掛かった、お仲間の調子が悪いんですかね?」
「いや、違う。そうではない。別の用件で来たんだ。それと、さっきは仲間が失礼な事をしたようだ。すまなかった。私が代わりに謝るよ」
男は懺悔するかのように手を組み、片膝を付いた。
これがアレングランドにおける謝罪の作法なんだろう。
「ああ、それはもういいですよ。それより、別の用件と言いましたが、なんですか?」
「さっき、別のパーティの奴から聞いたんだが、貴方は1人旅なのか?」
たぶん、罠に掛かっていたアジア系のオッサン戦士から聞いたんだろう。
「ええ、まぁそうですけど……」
「もしや貴方は、悪魔の爪痕探索者になる為に、このアレングランドに来たのか?」
「いえ、ただ立ち寄っただけですよ。それがどうかしましたか?」
「立ち寄っただけ? という事は、どこのパーティにも属していないのだな?」
「そりゃ、1人旅ですからね」
すると男は暫し考え込んだのである。
なんか嫌な予感がしたのは言うまでもない。
「貴方は魔導師なのか?」
「いえ、違いますよ」
「でも、魔法を使えるんだろ?」
不動術の説明をした時、魔法と言ってしまったのが悔やまれるところである。
「まぁ多少はね。でも、俺はこの国の者ではないので、アレングランドで使われている魔法は知りませんよ」
「アレングランドの魔法を知らない? ま、まぁ、その辺の事はともかくだ。とりあえず、魔法は幾つか使えるんだな?」
「ええ、まぁそうなりますかね。で、それがどうかしましたか?」
「実はな……今、俺達のパーティは魔導師がいなくて、探しているところなんだよ。俺達の仲間になって、一緒に探索するつもりはないか?」
予想通り、仲間の勧誘であった。
断るとしよう。
「残念ですが、お断りします。俺は探索とか、あまり興味がないんですよ。それに、俺の魔法は特殊なんで、勝手を知っているこの国の魔導師を探した方が良いんじゃないですかね? 冒険者の斡旋所が、酒場の近くにあるんでしょ?」
これは昨晩、ギレルさんに聞いた情報である。
なんでも、冒険者仲間の斡旋所があるそうなのだ。
ゲームに於けるパーティー編成場所みたいなところなんだろう。
それはさておき、男は言いにくそうに言葉を発した。
「それがなぁ……優秀な魔導師はなかなかいないんだよ。優秀な魔導師は大体、宮廷魔導師を目指すから。それに……こう言ってはなんだが、斡旋所に登録してある魔導師達は、当たり外れが多いんだ。そうか……ダメか。さっきの魔法を見てたら、かなり優秀に見えたんで声を掛けたんだが……」
「すいませんね、ご希望に沿えなくて」
「あ、そうだ!」
男は何かを閃いたのか、そこでポンと手を打った。
「じゃあ、1回だけ、仲間として探索するというのはどうだろう? 今回限りというやつだ」
しぶとい男である。
「今回限り? そこまで渋るという事は、何かあるんですか?」
「実は……仲の良いパーティーがここ最近、爪痕から帰ってきてなくてな。捜索の依頼が入ってるんだよ。だから探索というより、人探しになるんだ。報酬は結構高額だから、ちゃんと出すよ。で、どうだろう?」
まぁ要するに、知り合いの捜索のようだが、気が進まんところである。
と、そこで、サタが俺の耳を引っ張ってきた。
何か言いたい事があるようだ。
俺は小さく囁いた。
「なんだ?」
「今思い出したんじゃが……この宝玉は闘いの霊気を取り込むと聞いた事がある。じゃから、その探索とやらに行くと、案外、力が貯まるかもしれぬぞ」
それが本当なら、確かに試したいところだ。
とはいえ、あまり気が進まんのは変わらんが。
「ん、どうしたんだ? 何か言ったかい?」
イケメン戦士は首を傾げていた。
サタの声が少し聞こえたんだろう。
「いや、何も言ってませんよ。それより、もう少し、話を聞かせてくれませんか? それを聞いてから返事する事にします」
「おお、そうか。じゃあ、順を追って話すよ」――
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