vol.4 尾行者
[Ⅰ]
酒場を出ると、外はすっかり夜と化していた。
ギレルさんから色んな情報を仕入れられたので、とりあえず、有意義な時間を過ごせた。
とはいえ、まだまだ知らねばならない事もあるので、焦らず行くとしよう。
それはさておき、ギレルさんと2時間以上は話してたので、かなり夜が深まったようだ。
街灯のようなモノも無いので、本当に暗い。
アレングランドに着いた時は、大通りに沢山の人々が闊歩していたが、今はまばらで鳴りを潜めている。
極小数の歩いている者達も、ランタンのようなモノを手にしていた。
これが電気のない世界なんだろう。
だが、澄んだ星空は、凄く綺麗だった。
宝石を散りばめたように、無数の星々がキラキラ輝いている。
おまけに月のような大きな天体が、4つほど確認できた。
今更ながら、ここは地球じゃないと再確認する光景であった。
(月が4つもあんのかよ。衛星が4つって、どこの惑星だ、ここは……ったく、サタのお陰で本当に面倒な事になったもんだ。とはいえ、月が多いせいか、大地の霊力が強いんだよな、この世界。地球にいた時も、
俺はそこで大きく背伸びをした。
ずっと座ってたから、ちょいとストレッチだ。
「エイシュン……この後はどうするんだ?」
肩にいるサタが周囲を気にしながら小声で囁いた。
たぶん、自分が話せるという事を隠しておきたいんだろう。
「とりあえず、ギレルさんから聞いた宿屋に行ってみるよ。今日は誰かさんのお陰で色々とあったからな。もう疲れたよ」
「そ、そうだな。我も疲れたわ。そうしよう」
「じゃあ行くか。ギレルさんの話だと、宿屋はこの先を暫く進むとあるそうだから」
俺は暗い大通りを歩き始めた。
進むにつれ、人はめっきり見なくなった。
その所為か、寂しい大通りであった。
日中の雑踏が嘘のようである。
昔の人々は、太陽と共に生活してたというが、ここでも同じなようだ。
実際、暗くて視界も悪いので、仕方ないところである。
スマホを出して懐中電灯代わりにしようかとも思ったが、オーパーツなのでやめるとしよう。
面倒になる事は間違いなしである。
とはいえ……既に面倒が迫っているようだが。
(はぁ……酒場から尾行している奴がいるな。人数は2人……酒場まで尾けて来た奴等か? ン? なるほどね……こっちにもいたのか)
後方だけじゃなく、前方からも来ているようだ。
挟み撃ちってやつである。
程なくして、前の奴等は俺の前で立ち止まり、通せんぼをするかのように両手を広げた。
「よう、兄ちゃん……ちょっと止まってくれねぇか。話があるんだよ。少し付き合ってくれねぇかな」
前から来たのは、人相の悪い筋骨隆々のスキンヘッドの男と、狼男のような毛むくじゃらの獣人であった。
2人共、西洋風の鎧に盾と剣を装備しており、戦士のような出で立ちをしている。
背丈は俺くらいで、人間の方はアラブ系のような浅黒い肌の男だ。
年齢は……たぶん若いとは思うが、見当もつかない外見の奴等であった。
「悪いけど、疲れてるんだ。また今度にしてくれないか」
「まぁそう言わずに付き合ってくれよ。後ろには俺の仲間もいるしな」
尾行している奴等も御到着のようだ。
後ろから来たのは、軽装備をしたショートヘアの若い金髪女と、フード付きの黒っぽいローブを着たアラブ系の男であった。
女はホットパンツとスポーツブラみたいなのを着ているので、ちょっとエロい感じである。
太股には革製のベルトタイプの短剣ホルダーが仕込んである。
どこぞの女盗賊を思わせるビジュアルであった。
ちなみに、意外と大きな胸なので、揉んでやりたい衝動に駆られたのは言うまでもない。
「そうよ、アンタに用があるのよ。ちょっと付き合ってくれないかしら」
後ろにいる女はそう言って、不敵に微笑んだ。
まぁまぁ可愛い感じの女だが、素行が悪そうなので、あまりそう言う風には見えない。
だが、場合によってはオシオキが必要だろう。ヒィヒィ言わしてやりたいところだ。
にしても、面倒な展開である。
とりあえず、お引き取り願おう。
「やだ。俺は疲れたから、休みたいんだ。今度にしてくれ」
すると女は、前の2人に向かい、顎で合図を送った。
その直後、前の奴等は剣を抜いたのである。
どうやら、この女がリーダーなんだろう。
周囲を見ると俺達だけのようだ。
なるほど、人通りのない時を狙ったようである。
「4対1よ。悪い事は言わないわ。少し付き合ってもらえないかしら。用件はすぐに済むから。貴方も痛い目には遭いたくないでしょ?」
「でも、やだ」
女はイラっときたのか、目を細めた。
「へぇ……そう。じゃあ、無理矢理にでも従ってもらうわよ」
俺はそこですぐさま行動に出た。
霊力を一気に練り上げ、両手の人差し指と中指を伸ばし、前にいる2人の額を問答無用で突いたのだ。
続いて、後ろにいる男にもそれを見舞ってやったのである。
時間にして3秒程度の出来事。
俺の攻撃を受けた3人は、事切れたように、地面に倒れ込んだ。
真紋の一族に伝わる幽震という不動術である。
ようは眠らせたのだ。
「え!? あ、貴方……今、一体、何をしたの……仲間が突然、倒れた……」
女はソレを見るや、目を見開き、恐る恐る後退した。
俺も女に少しづつ近付く。
「心配するな、殺しちゃいないよ。眠ってもらっただけだ。さて、一応、訊いておこう。何が目的だ? こんな強引な交渉するくらいだ。追い剥ぎか、強盗か?」
女はジリジリ後退しながら、生唾を飲み込む仕草をする。
形勢が一気に逆転したのが、想定外だったのだろう。
人を甘く見るからだ。
「な、何が目的って……」
女はチラッとサタを見た。
だが次の言葉が出てこない。
沈黙の時が過ぎてゆく。
埒が開かないので、俺は手印を結び、呪言を小さく唱えた。
そして、女に急接近し、首に手を当てがったのである。
これは、真紋の一族に伝わる縮地の呪法だ。
「え!? あ、貴方いつの間に! クッ……」
女は青醒めた表情で、息を飲んでいた。
予想外の急接近に面食らったのだろう。
「動くな……動くと斬る。さぁ……何が目的か、答えてもらおう」
ちなみに、手を当てただけで刃物は持っていない。ただのハッタリである。
でもこの状況なら効果あるだろう。
すると女は観念したのか、肩の力を抜いたのだった。
そして、サタをチラッと見た後、諦めたように口を開いたのである。
「目的は……その猿よ。その小さなお猿を気に入ったお方がいてね……連れてくるように言われたの」
「はぁ? なんだって……コイツをか」
俺とサタは顔を見合わせた。
サタは微妙な表情であった。
まぁそりゃそうだろう。
「で、誰なんだ? その命令をしてきた奴は」
「有名だから貴方も知ってる筈だわ。アレングランドの若き天才魔導師……イメルダ様よ」
とりあえず、礼儀として驚いてやるとしよう。
「なにィ、イメルダ様だって……なぁんてな。ところで、誰?」
女はポカンとしていた。
「ヘ? あ、貴方知らないの?」
「知らん。俺は今日、この街に来たばかりなんでな。ちなみに誰だ、ソイツは」
初めて聞く名前である。
ギレルさんとの雑談にも全然出てこなかった名前だ。
「アレングランドの宮廷魔導師長・ワーグナー様の末娘よ。ねぇ、本当に知らないの? かなり悪名も高いと思うけど」
アレングランド宮廷魔導師長・ワーグナー。
コレは、ギレルさんとの雑談で出てきた名前だ。が、今は置いておこう。
「本当に知らん。で、悪名ってなんだ?」
「イメルダ様は確かに天才魔導師なんだけど……無類の可愛いモノ好きでね。どんな手を使ってでも、自分の欲しいモノを手に入れようとするのよ」
話を聞く限り、かなりの困ったちゃんのようだ。
「で、君等は、そのアッパラパーなイメルダ様とやらの部下なのか?」
「違うわよ。私はさっきの酒場で、イメルダ様の手の者から、依頼を受けただけよ。その猿を手に入れてこいって。ああもう……こんな猿の依頼なんて断ればよかったわ。アンタがここまで強い奴なんて思いもしなかった」
女は大きく溜め息を吐いた。
するとその時であった。
「ふざけるなぁ! 黙って聞いとれば、いけしゃあしゃあと! このバカ女! 我は誰のモノでもないわ!」
サタがガチギレしたのである。
ペットのように思われるのが、我慢ならなかったに違いない。
だが、女はその事実に驚愕していたのだった。
「さ、ささ、猿が……しゃ、しゃ、喋ってるぅぅ!」
面倒事が加算された瞬間であった。
さて……どうなる事やら。
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