vol.2 とりあえず、街へ
[Ⅰ]
エテ公から大体の話は聞き出した。
どうやらエテ公曰わく、あの虹色の水晶球は、別世界の扉を開く力を持っているそうだ。
で、俺に追い詰められたコイツは、それに耐え兼ねて、その力を開放したそうである。
そして、力を解き放った水晶球は、空間を歪め、俺達をこの地へ導いた……というのがコイツの言い分であった。
「ふむふむ……ほうほう……なるほど、なるほど。そういう事だったのか。それなら仕方がない。俺もこれで納得……出来るわけネェだろうガァァァ! おい、エテ公! 問題は元の世界に帰れるのかどうかだ! お前、今、我を殺したら帰れなくなるとか言ってたな! どぉいう事なんだよ! 言え!」
「それはのう……まぁなんというか、宝玉の力を我が解放したからじゃな」
コイツの気楽な言い方に、一瞬、殺意が芽生えたが、とりあえず冷静になろう。
あまり熱くなりすぎると、判断ミスを起こす。
「それはもういい。簡潔に理由を言え」
「まぁ要するに、力を解放したのが原因で、我とこの宝玉は繋がってしまったみたいなんじゃよ。ほれ、コレを見てみい」
エテ公はそう言って、小さな掌の上にある水晶球を見せてくれた。
それはビー玉くらいのサイズであり、虹色ではあったが、あの時見たサッカーボール大の水晶球とは思えないほどの大きさであった。
「それ、本当にあの時のやつなのか? えらい小さいが……」
「それは間違いないわい。コレがあの時使った異界送りの宝玉じゃ」
俄かには信じがたい話である。
「ところで、なんでその宝玉とやらはそんなに縮んだんだ? お前が縮んだのと同じくらいの倍率で縮んでるぞ」
「そんなもん、知らんわい。我も初めて使うんじゃからな。じゃが……恐らくは、我の
確かにコイツの言うとおり、水晶球からは、残りカスのような霊力しか感じない。
たぶん、さっきので使い切ったのだろう。
「そうみたいだな……お前の言うとおり、弱い力しか感じない。それにしても……初めて使う割に、よく発動の呪文を憶えていたな」
「そ、それは、アレじゃよ。常日頃から準備していたからじゃ」
糞猿は目が泳いでいた。
ややキョドっている感じではあった。
何か隠してそうだが、今は置いておこう。
様子を見て問いただし、場合によってはシバいてやる。
「ふん……常日頃から準備ねぇ。まぁいい、さてどうするかな……」
俺はそこでエテ公を見据えた。
エテ公はやや委縮している感じである。
ちょっとビビってるようだ。
「言っとくが、この宝玉と我は繋がっておるからな。我と共に縮んでおるのが、その証拠じゃ」
「かもな。同じような倍率で縮んでるし。だから……お前を殺すと帰る手段が無くなる……お前はそう言いたいんだろ?」
「その通りじゃ」
「でも、帰る方法までは知らんという事か」
エテ公は苦笑いを浮かべ、コクコクと頷いた。
「そ、そうじゃとも。まぁ早い話が、この宝玉が力を取り戻せば……もしかすると帰れるかもしれん……という事じゃな。我が唱えた、あの呪文での」
「ったく、なんつー面倒な展開だよ」
一応、筋が通った言い分だが、帰れる保証はない。
しかし、他に手がないのも事実。
不本意だが、受け入れるしかないようだ。
「仕方ない。お前の退治は、今暫く見合わせるとするよ。だが、忘れるなよ。お前が、沢山の人や家畜を攫って喰い殺したのは変わらんからな!」
するとエテ公はそれを聞くなり、微妙な表情になったのである。
何か言いたそうな感じであった。
「それなんじゃが……ちょっと誤解があるの」
「誤解? 何がだ」
「人と家畜を攫ったのは事実じゃが……我は喰い殺してはおらぬぞ」
エテ公はまた妙な事を言い出した。
「あん? 嘘つけ。依頼内容は人喰い妖魔の退治だったぞ。実際、お前がいた穴倉には、人骨が散乱してたしな」
「あの骨は違うわい」
「じゃあ、何の骨だよ」
「ありゃ山で自殺した人間の骨じゃ。我も目障りじゃったから、あの洞窟に集めてただけじゃよ」
まぁ確かに、事前調査では、首吊りが多い山ではあったが、俄に信じられん話である。
依頼内容と供述内容が全然違うからだ。
「自殺した人間の骨だと……なら、なんで人を攫う?」
「攫ったのは、あの山を開発する建設会社の奴等と、地元の政治家だけじゃ。目障りな奴等じゃったから、我が作った迷いの森の結界に閉じ込めておいたのじゃよ。じゃが、我が山におらぬようになったから、今頃はもう、自由の身になってるじゃろうがの。ふん……それもこれも、全部お前の所為じゃ!」
エテ公はやや怒り気味に俺を指さした。
依頼内容の殺伐とした印象と違うので、ちょいと面食らう俺であった。
「なら、家畜はなんで攫った?」
「それに関しては、不憫に思うて逃がしただけじゃ。大体、人間共は命を食い過ぎじゃわ。我は人間が大嫌いなんじゃよ! 一番偉いとでも思うとるのか、戯けが!」
なんか知らんが、俺が悪人側のように感じる話であった。
とはいえ、鵜呑みには出来んが。
「へぇ……それが本当なら、お前、意外と良い奴じゃないか。だが、お前の話が事実かどうかはわからんから、とりあえず、保留だな」
「ふん、勝手にしろ」
何れにしろ、コレについて考えるのは、今はやめにしとこう。
俺はそこで、見慣れない周囲の景色に視線を向けた。
まぁなんというか、緑豊かな自然が広がる光景であった。
青々とした山や森に草原、それから遠くに西洋の城みたいなモノが小さく見える。
さっきまで山奥にいて辟易していたが、これはこれでゲンナリとしてくる。
(一体、何が待ち受けているのやら……大地から良からぬ霊力も感じるしな。真紋の名を継いでから、碌な事がない。この間の鬼神封印では死にかけたし。シンドすぎやろ、真紋の拝み屋稼業……)
俺は名を継いでからの事を少し思い返し、感傷に浸ってしまった。
2年前に親父から受け継いだが、なかなか大変な日々だったからだ。
しかし、今は状況が状況だ。この辺にしとこう。
「まぁいい。とりあえず、その水晶球の力が溜まらん事には戻れないって事だな?」
「ああ、そうなるの。ところで、これからどうするのかな?」
「これからか……どうすっかな。とはいえ、こうしていても仕方ない。とりあえず、さっきの奴等が行った方向に進んでみるか。まずは状況を把握せんとな。エテ公、お前は俺についてこい。というか、無理矢理にでも連行する」
「良かろう。我も知らぬ土地じゃ。お主について行こう。が、その前に言っとく事がある」
「なんだ?」
「エテ公はやめろ。我にも名前はあるんじゃ」
流石に嫌な呼び方だったようだ。
「へぇ、何て名だ?」
「我の名はサタじゃ」
「サタか。変わった名だな。では、俺も名乗るとしよう。
「エイシュンだな。よかろう。そのように呼ぶとしよう」
「じゃあ、行くとするか、サタ」
小さなサタは、俺の肩によじ登ってきた。
「ああ、エイシュン、行こうか」――
[Ⅱ]
馬車が向かった方向を進んでゆくと、遠くに見えていた城らしき場所に、俺達はようやく到着した。
空を見上げると、日が傾き始めているので、直に夜になるだろう。
街の入り口には守衛らしき兵士がいたが、俺達に見向きもせず、中に入れてくれた。
後述するが、ここはある意味、人種の壁を超越している街なので、大した問題じゃないのかもしれない。
ちなみにだが、ここは堅牢な石積みの城塞に囲われた街で、奥には西洋風の大きな白い城が鎮座していた。
軒を連ねる建物は、中世レベルの石造りの家屋が多い。
とはいえ、木造のログハウス調の建物もチラホラある。
まぁとりあえず、そんな感じの街並みだ。
なかなか大きい街だったが、俺はこれを間近で見た事により、更に残念な気分になったのである。
まず、文明レベルが低いという事だ。
電気やガスに水道、そして鉄道といった現代的な生活インフラは皆無なのである。
移動手段は、馬と馬車と徒歩といったモノばかり。自転車すらない。
馬車が行き交うだけあって道は幅広いが、土が剥き出しで、舗装なんぞされてない。
本当に生活様式は中世レベルであった。
原住民が着ている服装も、簡素な布の服ばかりである。
まぁかく言う俺も作務衣姿なので、人の事は言えん。所持品も、肩掛けの術具入れと背負う霊刀だけなので、住民達とほぼ同レベルの出で立ちだ。
とはいえ、ファンタジーRPGに出てきそうな金属製の西洋鎧を着込んだ戦士や、革製の鎧を着た奴等もいた。
つまり、登場人物全員が中世レベルのコスチュームなのだ。
頭が痛い光景である。
次にニオイだ。
ここに来る途中の街道でも見かけたが、家畜の糞らしきモノが、その辺に普通に転がっているのである。
それもあり、動物園のような糞尿の入り混じるニオイが、街中に漂っているのだ。
正直、俺にはキツい環境だった。
そして、極めつけは、人間以外の種族が普通に闊歩しているという事である。
獣人やエルフにドワーフぽい奴等が、その辺にいるのである。
どういうコミュニケーションを取ればいいのか、やや悩むところだ。
だが、この街に来た事で、1つ新たな発見があった。
それは何かというと、時折聞こえてくる住民達の会話である。
彼等の話している言葉は日本語じゃないのに、俺はなぜか理解できるのである。
なので、かなり違和感満載の状況であった。
「こりゃまた凄い光景じゃな。人間以外も沢山おるじゃないか」
俺の肩にいるサタは、面白そうにそれらを眺めていた。
「つか、めっちゃ臭いけどな。気が滅入るよ」
鼻をつまみたい気分なのは言うまでもない。
消臭剤が欲しいところである。
おまけに、すれ違う住民達から独特の酸っぱいニオイがしてくる。
ここのネイティブ民達に、入浴の習慣があるのかどうか気になるところだ。
「確かにのう。ま、それに関してはどうにもならんな。それはそうと、どこにゆく?」
「その前に、サタは今のこの状況どう思う? 住民達は日本語を話してないのに、理解できるんだが……」
「それは我も思ったが……どうもこうもないじゃろ。受け入れるしかないぞ」
「まぁな……」
釈然としないが、サタの言うとおり、考えたところでわからないので、今は受け入れるしかないだろう。
「エイシュン、向こうに酒場らしき建物があるぞ。行ってみたらどうだ? 色んな情報を仕入れられるかもしれぬぞ」
サタはそう言って、大通りの先に見える人の出入りが多い建物を指差した。
遠目だが、そこそこ大きな建物だ。
ご丁寧にも酒樽のような看板が掲げられている。
モロであった。
「確かに……酒場ぽいな。武骨な輩ばかり出入りしてるが、とりあえず、行ってみるか」
「うむ、まずは行動じゃな」
俺達は移動を開始した。
だがその時、後方に俺達をつける気配を感じた。
あまり良くない気配なので、追い剥ぎか強盗系だろう。
この雰囲気だし、治安は良くないに違いない。
先が思いやられる今日この頃であった。
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