第6話 大胆な変化

 <氷ヶ峰ひょうがみねこおり>



「爺、お待たせ。出して」


 車に乗り込み、爺に告げる。

 勢いよく座席に深く沈み込む。


「何かよいことがあった様子ですね」


 む。声色で機嫌を読まれた。恥ずかしい。

 けれど、私が唯一気の許せる爺にまで本心を隠していたら、それはもう悲しくなるほどに、孤独だ。私の居場所が消えてしまう。

 だから、少しだけ内側を見せてみる。


「……竜太郎は、いつも私の欲しい言葉をくれる」


「それは良かったです。コーヒーは美味しかったですか」


 そういえばそのつもりで屋上カフェに行ったんだった。


「……飲むの忘れてたわ。でもいい。色々思い出したから」


 爺はどこまで分かって連れて行ってくれたのだろう。


「彼は良い男ですな」


 爺も何度か竜太郎と会っている。

 でも、いい印象を抱いているとは知らなかった。


「うん。私、竜太郎のこと誤解していたかもしれない」

「と言いますと?」

「私が引退して結婚するってなったら、喜ぶかもしれないって少しだけ不安に思ってたの」

「それはまたどうして?」

「だって私、彼に酷いことばかりしてきたから。氷ヶ峰ひょうがみね家のこと隠してたり、勝手に事務所で働くように仕向けたり、毎日冷たい態度取ったり……」

「自覚がおありなら、優しくしてあげてはどうですか。本当にいなくなってしまう前に」


 なんて意地悪なことを言うの。

 だって、私はそれ以外のやり方を知らない。

 それに何をしてもついてきてくれるから、甘えてしまっていた。

 でも、私も素直になる時がきたのかもしれない。


「……まぁ、そうね。正直さっきは痺れたわ。か、かっこよかった」


 なぜか唇がとがってしまう。

 でも、竜太郎はここまで心を見せてくれた。

 ここしばらくの間、険悪なムードも多かったのに、許してくれたんだと思った。

 CDの売り上げ三百万枚トリプルミリオンという、到底到達不可能なミッションにぶつかっても、一緒に戦ってくれると言った。


 屋上で、夕焼けを背にこっちに目を向ける竜太郎を見た時、私は高校時代の学ランを着た竜太郎を幻視していた。


 ああ、あの時もこんな夕暮れだったなって。

 彼との未来に希望を抱いていた。

 でもその夢はもう叶わないんだと思ったら、気づかぬうちに涙が流れていた。


『何とかしてって言えよ。何とかしてやるからよ』


 なのに、竜太郎はそう言った。

 諦めていた私と違い、彼はまだ信じてくれていた。


「……心を入れ替えるわ。できるか分からないけど」

「何事も挑戦です」


 爺の言葉が染み入るように入ってくる。

 挑戦、か。……うん。不安だけど、彼の気持ちに応えたかった。


「わかった。頑張って変わってみる」



 ーーーーーー☆彡


 <犬飼竜太郎>



 同時刻、屋上。

 氷ヶ峰が立ち去ったあと、四つん這いになって叫んでいた。

 酔いもサッパリ消えていた。


「やっちまったああああああああああああ!!!」


 俺、犬飼竜太郎は、本当に馬鹿だ。

 これじゃあマジで彼女の犬じゃねぇか!

 日和って文句ひとつ言えなかった。

 俺って、情けない……泣ける……。


「あれだけ『やっと自由が来たー!』とか言ってたのに」

「解放される喜びを延々と語ってたのは何だったんだ」

「あのセリフどういう意味? つまり一緒に頑張ろう宣言?」

「えー犬飼は口だけ人間のヘタレくん……と」

「残りあと半年は出勤するだけのチンパンジーになるとか言ってたのは幻聴ですか」

「ていうか氷ヶ峰さん美しすぎたな~」

「映画のワンシーンかと思ったよ。犬飼くんもよく見ると実はイケ……」

「あーあ! 犬飼くんも結局美人に弱いのか! ……ちょっと幻滅」

「竜太郎ってとっても優しいからね」

「私は優しすぎる男って嫌いですね」


 誰が何を言ってるか分からない。顔を上げる気力もなかった。


「お前ら、好き勝手言いやがって……」


「じゃあそろそろ仕事戻るか~。竜はこれからも氷ヶ峰と仲良くやっていくそうだ。みんな集まってくれてありがとう。先輩方も感謝っす」


 佐賀さががなんかまとめてる。

 ま、待て。解散する気か。俺を置いていくな。


「楽しかったよ~。いいもん見れたわ。犬飼って面白いじゃん」

「トリプルミリオンって何の話? また聞かせてくださいね」

「今から打ち合わせだりぃ~」

「いい息抜きになったな!」


 各々が去っていく。ほとんどが仕事に戻るのだろう。

 気が付けば日が落ちて、パラソルの電球が煌めくように光っていた。


 残されたのは俺と佐賀と最上もがみ。最初の三人だ。


「……で、氷ヶ峰さんに言った言葉、どこまでが本心なの?」

 最上の問いに、答える。

「わかんねぇよ」

 無言で佐賀が肩を叩いてくる。


 本当に、わかんねぇ。


 ただ、氷ヶ峰は不敵に笑っていた。

 明日から、やる気になったあいつに、どんな無理難題を押し付けられるか不安で仕方なかった。



 ーーーーーー☆彡



 習性というものは恐ろしい。

 昨日は丸一日の休日を貰ったから、リズムが崩れるかもしれない、とかいっそのこと寝坊してしまいたい、と思ったが、無事定刻に氷ヶ峰邸にタクシーで乗り付けていた。


 鋼鉄の扉を壮年の家令さん───俺はその言葉を氷ヶ峰に教わるまで知らなかった───が開ける。


「……ん?」


 なんか、どえらい美人がこっちに向かって歩いてくる。

 知らない人だ。

 毎日ここに通ってるのにまだ見たことない人がいたんだなぁとか、まぁこの広大な敷地には色んな人が住んでそうだしな……とか一瞬思った。

 しかしすぐ思い直す。だって、どう見ても知ってる顔だった。

 いや、だけどあり得ない。


 近づいてくるが確信を持てない。

 脳がバグを起こしたかのように、認識できない。


 なぜなら────。


 


 思わずタクシーから降りて、彼女の前に立つ。


「おはよう」


 氷ヶ峰こおりは、何でもない風にいつもの声で言った。


「お、お前……髪、どうしたんだ……」


 氷ヶ峰こおりは、俺の問いに、いつもと違う声で答えた。



「りゅ……犬飼くん、昔ショートカットが好きって言ってたでしょ」










 ────────────


 すいません!

 タイトル変更してます。何卒m(__)m。


 冷徹な氷河系アイドルのマネージャーをしていますが、もう限界です!


 ↓


 冷徹な氷河系アイドル氷ヶ峰こおりのマネージャーをしています。限界なので辞めようと思ったら急にデレてきて大変です。

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