第5話 氷河に本心を叫べ
<犬飼竜太郎>
ここは『屋上カフェ』。
大型のパラソルは束の間の心地よい日陰を提供している。
プラスチック製の椅子に腰かけた俺は、同期入社の
「おい、どうした竜。急に黙って。死んだか」
「ついに壊れてしまったかー」
好き勝手言う金髪の
「……あの時は輝いて見えたんだよ」
アイドルになると宣言した高校時代の
でも、もう、解放されるんだ。
なのに何でこう脳裏をちらつくんだ。
「……お? もしかして氷ヶ峰の話か?」
「え、なに。昔の話? 聞かせて聞かせて」
「どうせ竜は教えてくれないだろ」
「蒼樹坂のオーディション受かったって教室に来てさ、もう大騒ぎだったよ。その場で事務所のバイトに応募させられるわ写真は撮られるわで……」
俺は遠い目で過去の話をしようとした。
「うお、竜。ちょ、ちょっと待て。まだ話すな」
すると、いつも気だるげな
なんだよ。
「うそ……。
聞いてきたくせに
「
「
二人が慌てて会社の人間を呼び始めた。先輩とか同期とか、あ、今名前上がったのは後輩だな。
「何だよ二人とも。そんなに珍しいかよ」
ただならぬ雰囲気に思わず聞いてみる。
「
「うん。今まで
そんな感じだったのか。
確かに俺は入社当初から
今はそうでもないが当時は敵も多かった。
その頃の流れであまり自分の話をしなかったのはある。
周りに気を使わせていたのかもしれない。
「いい機会だしみんなに聞いてもらうか」
あいつの引退宣言から続く、何とも言えない高揚感は、まだ俺を支配していた。
────────────────────
「はぁい。らからね、俺は言ったんすよ。俺とお前は対等だぞって」
「うんうん」「そうだね同級生だもんね」
「それがれすよ。……気づいたら、俺はあいつの犬になってたんれす!!」
「そっかそっか」「辛かったね」
「氷河系なんて言われてますがね、本当に、上手いこと言ってますよ。あいつの心は氷なんれす!!」
「大変だったね」「がんばったね」
気づいたら俺は、
今俺の目の前にいるのは
名前は、たしか石橋さんと中原さんだったか。先輩だということは分かる。
ていうかいつ来たんだこの二人は。分からない。
じーんと全身にアルコールが回ってるのは分かる。
過ごしやすい気温と屋上から見える綺麗な秋空が、いい気分にさせる。
周りを見渡すとなぜか人が増えている。
飲み会というか宴会になっている。
カフェで宴会すな。まだ夕方だぞ。お前ら仕事しろ。
「おい誰だ竜に酒飲ませたやつは」
「あ、すいません自分買ってきました」
「水も持ってきてくれ。竜は好きなくせに弱いんだ」
横で
顔も向けず、耳だけ意識を傾ける。
「なんかでも、酔ってる竜太郎って可愛い……」
「おい
というか、今、聞き捨てならんことを聞いた。
「うぉい
がばっと振り向いて
急に話しかけられて
可愛いのは俺じゃなくお前だろう。
「ど、どうしたの。あと川はつけないで」
「女子の可愛いって、基準は何なんだ。教えてくれ」
「……誰かに言われたの?」
「ああ、言った。
そう、あれは高校一年生の時。
「あれは、バレンタインだったか。教室でもらった酒が入ってるチョコを食べたんだ。ウィスキーボンボンってやつ。そしたら、
「な、なんで?」
「俺が可愛いから誰にも見せたくないって」
「キャー!」だの「うおおお」だの声が上がる。
おい! なんでちょっとみんな良い顔してんだよ。
「閉じ込められたんだぞ! 監禁事件だろ!! 逮捕ら!!」
クソ。お前らはあいつの傍若無人さを分かってない。
本当に血も涙もない女なんだぞ。
「ていうか
「初耳だよ。この二人、思ってた以上に歴史があるんだねぇ」
なんでこいつら素面なんだよ。ムカついてきた。
「
────────────────────
気づいたら、俺はテーブルに突っ伏していた。
「何が朝まで飲むだよ」
「勢い三十分で終わったね。まだ夕方だよ」
うー悔しい。耳は生きてるのに目が死んでる。まぶた重い。開かない。
少し離れた席で盛り上がりが聞こえる。
暴露大会や愚痴大会が開かれているようだ。
「でもやっぱり竜の周りは人が集まるなぁ」
「ね。これが人徳ってやつですか」
……まぁ自分の周りでみんながワイワイしてるのは嬉しかった。
自分が喋らなくても誰かが楽しそうに喋ってる場所って、居心地が良いよね。
ずっと仕事詰めだったから余計にそう感じるのかな。
「セクハラプロデューサー! しねー!! つぎ身体触ったら、ころすー!!」
一年目のマネージャーの女性社員が空に向かって叫んでいる。
「やってやれ!」とか「俺たちは立場弱いからなぁ」とか共感してる人もいる。
「
次は先輩の男性マネージャーがいった。
「わかるー!」とか「仕事に恋愛感情持ち込むなー!」とか言われてる。
その後も続々とみんなの言霊が夕陽に向かって飛んでいく。
そんなに気持ちいいのだろうか。
俺も何か叫びたい、と思った。
突っ伏していた身体をおもむろに起こす。
長らく閉じていた目を開けて、俺にパスを寄越せ、そういう顔をした。
大声大会をやっていたテーブルから、一人が俺に気づいた。
皆ふざけているが、普段はしっかり仕事をこなすデキる社会人なのだ。
さすが周りが見えている。
「そろそろ今日の主役が行くべきなんじゃないかぁ!?」
来た。ナイスパス。
みんなが俺に視線を向ける。
「へえ? 俺ぇ? いいでそう。いきますよ。いくますよ~」
白々しい酔った演技をしながら、ゆっくり立ち上がる。
あくまで、演技だ。俺は酔ってなどいない。
気持ちとは裏腹に呂律が回らない。それでもいい。
「じゃあ、おれが言いたいころがあるのは!!!!!!
もちろ、もちろん。あいつだ!!!!!」
少し溜めて、叫ぶ。
みんなの視線を感じる。盛り上がってきた。
「…………
さて、何を言ってやろうか。そう思った時だった。
「なに?」
今俺が名前を出した、
なんで? 疑問を持つ前に、日頃虐げられているからか、本能が囁く。
謝れ、と。業務時間に遊び呆けてごめんなさい、と。
違う、負けるな。俺はもう犬じゃない。新しい未来を生きるんだ。
「
恐る恐る相手の顔を見る。言ってやる、そう思った。
日頃の鬱憤を吐き出し、仕事を辞められる喜びを伝えてやる。
だけど、言葉が出なかった。
何故かって。
夕陽が当たってオレンジ色に光る彼女の両頬に、涙が流れていた。
俺は、初めてこいつの涙を見た。
どれだけ悔しくても、どれだけ悲しくても。
決して人前で泣かない氷の女王が泣いている。
そして、こんなに綺麗に泣ける人間が存在するのか……と場違いなことを思った。
「……なによ」
何でお前、泣いてるくせに顔は強気なんだよ。
「お前な……泣くくらい辛いなら、諦めるんじゃねぇよ」
あれ、違う。俺はこいつに怒りを感じていたんだ。
不満を叫ぶつもりだったんだ。
「泣いてない」
「めちゃくちゃ泣いてるわ、アホ。いつも通り言えよ」
───何を言おうとしてる、俺は。
「……アホって言わないで」
「ほら、言えよ。いつも通り、えらそうに」
「……だから何が言いたいの」
たしかに、何を言おうとしてるんだ。
俺の思いとは裏腹に、勝手に口が言葉を紡ぎ出す。
「何とかしてって言えよ。何とかしてやるからよ」
「……え」
氷ヶ峰が口をぽかんと開けている。
アイドルのくせになんて間抜け面。
今日はこいつの初めて見る表情が多い。
「トリプルミリオンだったか? 売ればいいだけの話だろうが」
言ってしまった。だが、止められなかった。
こいつには心底ムカついていた。
奴隷のようにこき使われて、精神すり減らされて。
でも今の負けたような顔を見る方が、無性に腹が立った。
何故かは分からない。
「……売ればいいって、やるのは私だから。生意気なこと言わないで」
それでも、この瞬間は、好戦的に笑っているのが分かった。
涙も止まっていた。
───────────────────────────
一応ここから始まっていく……という感じです。
わりと退屈な序盤なのに、お読みいただき感謝です。
ここからギア上げます!上がりますように!
良かったらフォローと★お願いします!
すでにしていただいた貴方!100億パーセントLOVE!!!!
やる鹿
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます