第2話 ぱっとしない大学生活

 桃音は国際学部に所属している。大学での彼女は地味だ。髪を縛り、リュックサックを重たそうに背負ってあちこちの教室を移動するのみで、遊びに行くことも、友達に積極的に話しかけることもない。

 だが桃音は寂しく感じることはなかった。皆と話すことはあるし、家に帰れば亜紗がいる。


(日本人らしく……日本人らしく……)


 心の中で唱えながら、桃音は友達と話す。「日本人らしくする」ことは彼女のモットーだった。

 国際学部ならまだ帰国子女がたくさんいるから大丈夫だが、他の学部、そして教授の前では決して外国人らしさを出してはいけない。そうなれば最後、嫌われて輪から追放されるのみである。


(えっと……確か次はイタリア語の授業で2号館ね)


 桃音はスマホで時間割をチェックし、建物間を移動する。この大学は海外の他の大学と比べると決して広くはないはずだが、それでも方向音痴な桃音にとって迷ってしまう場所である。


 今は昼休憩になったばかり。いろいろな生徒がいろいろな場所へと流れていく。その人混みの中を少女は黙って抜けていった。

 2号館は大学内では比較的新しい建物で、トイレのあまり動かない水石鹸入れ容器を除いては全てが完璧である。


 エレベーターの前は毎回長蛇の列で使えないので、桃音は四階まで頑張って階段を上った。


「はぁ……疲れた……」


 体力があまりない桃音は上りきったあと、呼吸を整えるために少し立ち止まった。

 その時突然、肩に何かが触れる。


「わっ?!」


 飛び上がって後ろを振り向くと、背の高い男子が笑顔で手を振った。少女は彼を知っていた。


「りょ……良助?!」


「ごめん、驚かせた?」


 桃音は彼を見ると、しどろもどろになってしまう。それもそうだ。彼は彼女の好きな人だった。


「ううん、全然! それよりも私邪魔だった? ごめん!」


 早口でそう捲し立てる彼女を見て、平畑ひらはた良助りょうすけは笑った。


「いやいや、まったく。あ、そうだ。この前イタリア語やってて気づいたんだけど……」


 良助はイタリア語についての真面目な質問に移る。彼の学科はポルトガル語だったが、イタリア文化と料理が大好きなため、第三外国語としてイタリア語も学んでいるのだ。


 桃音は彼のイタリア語に対する情熱が好きだった。他者は普通、大して自分のバックグラウンドに興味を持たない。だが、良助は違った。本当にイタリアが好きだった。その深いところまで学ぼうとしていた。自分のもう一つの国を真剣に理解しようとしていることが、桃音にとって嬉しくてたまらなかった。


 もちろん好きな理由はそれだけではない。いつも堂々としているところ、自分と同じく作曲をしていること、誰とでも友達になれるところ、理由はわからないけれど眼差しが少しだけ物悲しいところが大好きだった。


 授業が始まる時間になったので、二人は教室の中に入っていく。いつもは孤独を感じる桃音も、この時間だけは心強く感じた。

 いつでも隣に良助がいて、話してくれるからだった。


 付き合いたい、と桃音は少しだけ感じていたが、まだ彼と会って数か月なことや桃音にどこかへ誘う勇気がゼロなことが、この恋愛の進展を妨げていた。


 さて、時間が過ぎてその日の四限が終わり、桃音が帰ろうとしたとき、大学の広場の真ん中に人が大量に集まっていることに気がつく。


(なんだろう……?)


 女性の平均身長よりも数センチ高い桃音は、奥を見ることにそこまで困らなかった。真ん中には二人の普通の女の子がいた。だが、桃音は一つ違和感を覚えた。

 なぜなら彼女たちの髪型が、桃音たちのバンド「Luminis Rebellio」にそっくりだったからだ。片方が亜紗のボブ、もう片方が桃音の高い位置から伸びている長い三つ編みになっていた。


「ずっと秘密にしていたけど、偽物のアカウントが出回るようになってから、正体を明かそうと思いました!」


 少女のうち亜紗の髪型をした一人が言う。


「我々がLuminis ルミニス Rebellioレベリオのメロディアと!」

「ハルモニアです!」


「はぁ?!」


 自分たちの芸名を発言した二人に、桃音は口をあんぐりと開けた。



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