Hide in the Melody
西澤杏奈
第1話 うまくいかない毎日
「あああ、また違う事やってるじゃないのー!! いつになったら覚えるのよ!」
「す、すみません……」
がみがみと年上のアルバイトに怒られて、明るい茶髪の少女はしゅんと委縮する。本人的には正しくやっているつもりだったのだが、どうやら経験の多い彼女にとっては違うらしい。
……周りよりも怒られる量が多い気がするのも嘘ではないのだが。
しかし、相手に文句は言えない。トラブルはもう飽き飽きだ。我慢するしかない。
彼女はそう思っていた。
「
家に帰ってきた瞬間少女は叫んで、床に寝っ転がって動画を見ていた別の少女に頭を突っ込んだ。
「なに?」
亜紗と呼ばれた彼女は無関心そうに何があったかを尋ねる。彼女の髪の毛も同じ薄い茶色だ。
「今日もバイトで怒られた! ほんとひどいんだけどあの人ー!」
「またあのババアか」
亜紗はため息をつき、背中を丸めて転がるルームメイトのほうを見る。
「
「そうはいっても首にされるかもしれないでしょ? また仕事探すのめんどくさいよ……」
「うちんとこ来ればいいよ」
「私昼間大学あるし、あんたんとこお局さまがいるんでしょ」
「チッ」
嫌なことを思い出したのか、亜紗は舌打ちをした。仕事帰りの少女はため息をついて、よろよろと立ち上がった。
「とりあえず風呂行ってくるわ。マジ疲れた……」
そんな彼女を亜紗はぼんやりと見送った。
ここは東京のとあるアパート。狭い部屋に住んでいるのは二人の少女。
そのうちの一人が
もう一人が
30分立たず風呂から出てきた桃音は、腕をぐっと伸ばしてからパソコンの前に座った。
「お、やるのか?」
亜紗は上半身を起こし、興味深そうに友を見る。
「そうだよ、学祭まであと三か月でしょ? 最高のパフォーマンスにしなきゃ」
「じゃあ私も振り付けの続き考えるわ」
「よろしく。あ、あと歌詞ノート貸して」
「おう」
ノートを受け取った桃音は作曲アプリを開く。ヘッドフォンを耳に着けると、仕事を開始した。
そう、木内桃音と春野亜紗には秘密があった。
彼女たちは桃音の大学で匿名で活動するパフォーマーだった。
ダンスの振り付けを考え、歌詞を書く亜紗と、ハモリを担当し、作曲をする桃音の二人で活動していた。
初めて活動したのは5月のOB・OG祭で、在校生たちも多く大学に来ていた中、桃音と亜紗は周りを圧倒したのであった。
二人はSNSのアカウントも所有しているが、桃音の大学内でそれをフォローしていない人はいない。
いつもは地味で自信のない桃音だが、歌うときだけは別人になれた。強く、綺麗で、憧れの対象となれるような自分。
だからこそ、大学内でバンドの正体が割れることはなかった。地味な桃音とあの派手な歌手が一緒だとは誰も想像できなかったのである。
バンドの名前はLuminis Rebellio。ラテン語のこの名前の意味は「光の反逆」。「光」はキラキラ輝く衣装から、「反逆」は社会問題や彼女たち自身の不満について歌うから。ぴったりな名前である、と少なくとも二人は思っていた。
音楽と動きの空間に浸りながら夜は過ぎていく。やがて朝が来れば、また憂鬱な平日が始まる。
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