第二話  メユカ

 ※前話より二年後のお話です。




      *   *   *




 小筑波をづくはの  しげ


 とり


 ゆかを見む  さざらなくに







 乎都久波乃をづくはの 之氣吉許能麻欲しげきこのまよ

 多都登利能たつとりの

 目由可汝乎見牟めゆかなをみむ  左祢射良奈久尓さねざらなくに






 筑波山の生い茂った木の間から、あなたを見たいと欲し、飛び立つ鳥。

 飛び立って、目ではあなたを見る。

 あたしはそのように、手の届かないところから、見ている事しかできないの?

 さ寝しなかった仲でもないのに。







 ※意訳です。

 ※さ寝……共寝。




    万葉集  作者不詳  常陸ひたちのくにの歌





     *   *   *






 奈良時代。




 あたし、米由可めゆか、十八歳。

 怒っている。


「はー、イライラする。信じらんない。」


 あたしは顔をしかめ、あたしの隣、木をぶった切っただけの丸太に腰掛けたおのこを見る。

 二十歳の幼馴染、久自良くじらだ。


「なんだよ米由可めゆか。幼馴染だろ。愚痴ぐちぐらいきいてくれよっ!」


 小太り、腹が丸くたぽん、としている久自良くじらは、不満げに言い、ついで、首をかしげ、小さい目であたしを不思議そうに見た。


「何か怒ってるのか?」

「わからないの?」


 あたしは藁紐わらひも編みの手を止め、久自良をにらんだ。

 

 秋風が、ぴゅう、と吹き。

 朽葉くちば(紅葉した葉)を散らし。

 軒先に干した柿を揺らし。

 放し飼いのかけの背中を押し、こっこっこっ……、と鳴かせ。

 足元、あたしが編む予定の藁束わらたばに、カサカサと音をたてさせ。

 最後、あたしのむきだしの足首に冷たく吹きつけた。






 あたしには、怒る理由がたくさん、ある。

 




 

 二年前の歌垣うたがき、郷の成人した男女が、婚姻相手を探す夜。

 久自良くじらは、


「もし歌垣うたがきで売れ残ったら、可哀想かわいそうだから、オレが相手してやるよ。」


 と言った。

 あたしは、歌垣当日も誘ってくれたおのこがいたけど、全部断って、焚き火の近くで、久自良を待った。

 遅くやってきた久自良は、


「本当に売れ残ってやんの。ばはは。」


 と、何も知らずのんきに笑い、あたしに誘い歌をうたってくれた。




 ……優しく、さ寝してくれた。




 あたしは、ずっと恋うていた久自良の胸で、幸せな時間を過ごした。

 そのまま、妻問つまどい(プロポーズ)してくれるかな、と淡い期待をしたのに、久自良くじらは、なんの約束も、妻問いもしてくれなかった。

 バカバカ!



 





 その後間もなく。

 あろうことか、久自良は、郷長さとおさ吾妹子あぎもこ(愛人)のもとに、隠れてこそこそ、通うようになった。


(何か久自良の顔つきがほうけてる。怪しい。)


 そう思ったあたしは、久自良のあとをつけて、それを知った。


 桔梗ききょう屋敷やしきの、まがき(木の柵)ごしにみた郷長の吾妹子あぎもこは、胸も尻もでかくて、たしかに美人だった。

 でも、久自良を見る表情が、いかにも狡猾こうかつそうだった。


(あれが久自良くじらに心底惚れてるおみなの顔なもんか!

 きっと、久自良は優しいから、騙されてるんだ。

 ばかたれ久自良。

 郷長の吾妹子あぎもこに手をだして。

 ばかたれ!

 郷長にばれたら、酷いお仕置きだろうに。

 最悪、この郷にいられなくなる。)

 





 久自良は、優しい。


 久自良くじらは、あたしが畑仕事をしている昼間、時々、何かしら持って、ふらっとあらわれた。

 なんでもない話をし、毎回、


米由可めゆか、何か困ったことはないか?」


 とさりげなく訊いて、帰っていくんだ……。




「よう。アケビとれた。一緒に食おうぜ。」


 ある時、飾らない笑顔でやってきた久自良と、にこ草(柔らかい草)の生えた土手どてに並んで座って、アケビを食べた。

 あたしが目ざとく、


「アケビ、まだ背嚢はいのう(リュック)に隠してるだろ。出せ。」


 と言うと、


「これは、夜、手弱女たおやめ(守ってやりたいはかなげな女性)と食べるヤツ。むふふ。おまえにはやらねえよ。」


 とやにさがった顔をする。

 まったくもって、腹立たしい。

 

久自良くじら、ちょっと、こっち。」


 あたしは、一緒に畑仕事をしてる家族に聞こえないよう、近くの木立に久自良をひっぱりこんだ。


「なんだよ米由可めゆか?」

「久自良。あたし、知ってる。桔梗屋敷に行くんだろ。」


 久自良が、はっ、と息をのみ、顔色を変えた。


「どうして。」

「あんたのことなんて、あたし、わかるんだから!

 ねえ、もうやめなよ。

 行かないでよ。郷長にバレたらどうなるか、あんただってわかってるだろ。」

「……言うな。」

「言うよ! だってバカじゃん!」

「言うな! 本当に恋うてるんだ。邪魔は許さない。」

「久自良……っ! あたし……っ!」


(あたしの方が。)


 久自良に両肩を強くつかまれ、


「この事は誰にも言うな!」


 厳しく、恐ろしい顔で、久自良はあたしを見た。

 あたしは、愛しいおのこからそんな顔をされるのがただ悲しくて、うつむいた。


「言うなよ、米由可めゆか!」


 返事をするまで許さない、という事なのだろう。肩を乱暴に揺すられた。


「うん……。言わない。」


 久自良くじらはちいさく、吐息をはいた。肩から手を離し、


「強くつかんで悪かったな。」


 あたしを冷たく見た。


「オレ、今年は歌垣うたがきには行かないからな。米由可めゆか、今年は売れ残らないように、歌垣の相手、しっかり探せよ。

 たたら濃き日をや。(別れの挨拶。じゃあな)」


 久自良は、あたしを置いて、木立をでて行ってしまった。

 あたしは無言でそれを見送り、すこしの間、その場で、すすり泣いた。


 





 あたしの事は、恋うてないんだね、久自良。






 さ寝ざらなくに。






 あたしは、郷長の吾妹子あぎもこに夢中な久自良を、見てることしかできない。






(いっそのこと、諦められれば、楽なのにな。)


 でも、諦められないんだよ。久自良を恋うてるんだ。




 久自良は、しばらくしたら、また、ふらっとアケビを持ってあらわれ、何事もなかったかのように明るく、鹿を狩った話をし、

 

米由可めゆか、何か困ったことはないか?」


 と、いつものように、あたしを気にかけてくれた。


「……なんでいつも、気にかけてくれるの?」

「オレん家、富民とみん(郷においての金持ち)じゃん。何か困ってれば、できる事があるだろ。

 米由可めゆかは、幼馴染だからな。」


 久自良は、そう言って優しく微笑んでくれるものだから、始末が悪い。







    


    



 二年たって、久自良くじらは、郷長さとおさ吾妹子あぎもこに捨てられた。


 久自良は、明るく優しく、頼りがいのあるおのこだ。そういう良い男は、悪いおみなにまんまと、騙される。


 お腹に緑兒みどりこ(赤ちゃん)ができ、郷長の妻に格上げしてもらったおみなは、久自良に冷たく、


「用済み。」


 と告げたそうだ。


 なんで、そう告げられた事を知ってるかって?

 久自良があたしに言ったからだよ!!


 自分の家の軒先で、丸太に腰掛け藁紐編みをしていたあたしは、


米自可めゆか、聞いてくれ!」


 と久自良につかまり、愚痴をきかされている最中だ。

 久自良は、小さな目から涙を流し、未練をぐだぐだ言う。


(よりによって、あたしに、他のおみなの愚痴を聞かせるか!)





 あたしには、これだけ怒る理由がある。





「わからねえよ。くそ……。こっちはボロボロなんだよ。

 愛してるって言ってくれてたのに。

 本当に恋うているのは、郷長じゃなくて、オレなんだって言ってくれたのに。

 全部嘘だったんだよ、畜生ちくしょう……。」


(バーカ、バーカ、甘い言葉に騙されやがって。)


「あんたの甘っちょろい顔も、平凡な声も、本当は好きじゃなかった。

 とくに、オレの小さい目がずっと嫌いだったって……。」


 悲しそうにうつむいて、久自良が言った。


 ズキン。


 あたしの胸が傷んだ。


(そんな辛そうな顔をして。目の大きさを気にしてるの? 気にする必要なんてないのに。)


「どれ、小さいかどうか見てやろう。立って。」


 と久自良を立たせる。

 あたしも立ち、久自良の顔を下からのぞきこむ。


 ふくよかな頬。ちいさくても、可愛い、つぶらな瞳。


「小さくなんてないわ。」


 あたしは、背伸びして。


 ちゅ。


 久自良くじらの唇をかすめるように、口づけをした。




 







 ↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093081223479759

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