第二話 メユカ
※前話より二年後のお話です。
* * *
筑波山の生い茂った木の間から、あなたを見たいと欲し、飛び立つ鳥。
飛び立って、目ではあなたを見る。
あたしはそのように、手の届かないところから、見ている事しかできないの?
さ寝しなかった仲でもないのに。
※意訳です。
※さ寝……共寝。
万葉集 作者不詳
* * *
奈良時代。
あたし、
怒っている。
「はー、イライラする。信じらんない。」
あたしは顔をしかめ、あたしの隣、木をぶった切っただけの丸太に腰掛けた
二十歳の幼馴染、
「なんだよ
小太り、腹が丸くたぽん、としている
「何か怒ってるのか?」
「わからないの?」
あたしは
秋風が、ぴゅう、と吹き。
軒先に干した柿を揺らし。
放し飼いの
足元、あたしが編む予定の
最後、あたしのむきだしの足首に冷たく吹きつけた。
あたしには、怒る理由がたくさん、ある。
二年前の
「もし
と言った。
あたしは、歌垣当日も誘ってくれた
遅くやってきた久自良は、
「本当に売れ残ってやんの。ばはは。」
と、何も知らずのんきに笑い、あたしに誘い歌をうたってくれた。
……優しく、さ寝してくれた。
あたしは、ずっと恋うていた久自良の胸で、幸せな時間を過ごした。
そのまま、
バカバカ!
その後間もなく。
あろうことか、久自良は、
(何か久自良の顔つきが
そう思ったあたしは、久自良のあとをつけて、それを知った。
でも、久自良を見る表情が、いかにも
(あれが
きっと、久自良は優しいから、騙されてるんだ。
ばかたれ久自良。
郷長の
ばかたれ!
郷長にばれたら、酷いお仕置きだろうに。
最悪、この郷にいられなくなる。)
久自良は、優しい。
なんでもない話をし、毎回、
「
とさりげなく訊いて、帰っていくんだ……。
「よう。アケビとれた。一緒に食おうぜ。」
ある時、飾らない笑顔でやってきた久自良と、にこ草(柔らかい草)の生えた
あたしが目ざとく、
「アケビ、まだ
と言うと、
「これは、夜、
とやにさがった顔をする。
まったくもって、腹立たしい。
「
あたしは、一緒に畑仕事をしてる家族に聞こえないよう、近くの木立に久自良をひっぱりこんだ。
「なんだよ
「久自良。あたし、知ってる。桔梗屋敷に行くんだろ。」
久自良が、はっ、と息をのみ、顔色を変えた。
「どうして。」
「あんたのことなんて、あたし、わかるんだから!
ねえ、もうやめなよ。
行かないでよ。郷長にバレたらどうなるか、あんただってわかってるだろ。」
「……言うな。」
「言うよ! だってバカじゃん!」
「言うな! 本当に恋うてるんだ。邪魔は許さない。」
「久自良……っ! あたし……っ!」
(あたしの方が。)
久自良に両肩を強くつかまれ、
「この事は誰にも言うな!」
厳しく、恐ろしい顔で、久自良はあたしを見た。
あたしは、愛しい
「言うなよ、
返事をするまで許さない、という事なのだろう。肩を乱暴に揺すられた。
「うん……。言わない。」
「強くつかんで悪かったな。」
あたしを冷たく見た。
「オレ、今年は
たたら濃き日をや。(別れの挨拶。じゃあな)」
久自良は、あたしを置いて、木立をでて行ってしまった。
あたしは無言でそれを見送り、すこしの間、その場で、すすり泣いた。
あたしの事は、恋うてないんだね、久自良。
さ寝ざらなくに。
あたしは、郷長の
(いっそのこと、諦められれば、楽なのにな。)
でも、諦められないんだよ。久自良を恋うてるんだ。
久自良は、しばらくしたら、また、ふらっとアケビを持ってあらわれ、何事もなかったかのように明るく、鹿を狩った話をし、
「
と、いつものように、あたしを気にかけてくれた。
「……なんでいつも、気にかけてくれるの?」
「オレん家、
久自良は、そう言って優しく微笑んでくれるものだから、始末が悪い。
二年たって、
久自良は、明るく優しく、頼りがいのある
お腹に
「用済み。」
と告げたそうだ。
なんで、そう告げられた事を知ってるかって?
久自良があたしに言ったからだよ!!
自分の家の軒先で、丸太に腰掛け藁紐編みをしていたあたしは、
「
と久自良につかまり、愚痴をきかされている最中だ。
久自良は、小さな目から涙を流し、未練をぐだぐだ言う。
(よりによって、あたしに、他の
あたしには、これだけ怒る理由がある。
「わからねえよ。くそ……。こっちはボロボロなんだよ。
愛してるって言ってくれてたのに。
本当に恋うているのは、郷長じゃなくて、オレなんだって言ってくれたのに。
全部嘘だったんだよ、
(バーカ、バーカ、甘い言葉に騙されやがって。)
「あんたの甘っちょろい顔も、平凡な声も、本当は好きじゃなかった。
とくに、オレの小さい目がずっと嫌いだったって……。」
悲しそうにうつむいて、久自良が言った。
ズキン。
あたしの胸が傷んだ。
(そんな辛そうな顔をして。目の大きさを気にしてるの? 気にする必要なんてないのに。)
「どれ、小さいかどうか見てやろう。立って。」
と久自良を立たせる。
あたしも立ち、久自良の顔を下からのぞきこむ。
ふくよかな頬。ちいさくても、可愛い、つぶらな瞳。
「小さくなんてないわ。」
あたしは、背伸びして。
ちゅ。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093081223479759
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