11.EXセンチネルがやりました

「いやー‥街中えらい騒ぎになるぞい‥」


じいちゃんが帰ってきた。


ベッドの上で抱き合っていた俺とリサは、慌ててそっぽを向いて誤魔化す‥。


「ぉ、もう起きとったか。‥‥‥‥お邪魔じゃったかの? イッヒッヒッ」


「な・何を言ってるのかしら、おじいちゃん。あ・あたしたちは別に何も‥ねぇ?」


リサ‥誤魔化すの下手過ぎ‥。

こういう時は、冷静に話を逸らすのが正解。


「お帰りなさい、おじいちゃん。昨夜は眠り込んでしまって、ご迷惑をお掛けしました」


「おおーおおー‥わしのことを『おじいちゃん』と呼んでくれるとは‥孫とはもう出来ちゃったかの?」

ぁ‥ダメだ‥誤魔化せてないー‥。


「それより、おじいちゃん、街中えらい騒ぎって?」

リサ、ナイス! それだ! それが正解!


「ん~?そうそう。やはり太陽フレアの影響じゃな。あちこちに貼られてた例の洗脳ポスターが剥き出しになっとるらしい。儂らの眼にとっては、いつも通りじゃがの」


さっき見ていた夢を思い出して、ゾっとなった。


「政府の監視システムもダウンしとるだろうから、いよいよ奴らが動き出すぞい」


「EXセンチネル‥ね。」


過激派と呼ばれている反政府組織か‥何をやらかそうというんだろう。


「それはそうと、翔くん、家に連絡しなくても平気じゃったかの?」


「あ!」慌ててスマホを見ると、着歴がエラいことに‥‥。

「ちょっと電話してきます!」

昨夜は、バイトを始めることになったから帰りは遅くなるとメールして、そのままだった‥。

太陽フレアのせいで連絡が出来なかったことにした。


「交通機関はほとんど動いてないみたーい。この分だと学校もお休みだね」

リサが朝のニュース番組をチェックした。


‥アイリス、いるか?



キラリン☆

《ご用件をどうぞ》



『イルカ』の姿で現れた‥。そうか、そうきたか‥。


‥「いるか?」って聞いただけで、『イルカ』になれって意味じゃないから‥。



キラリン☆

《『この姿をお望みですね?』》



「え!?」


「ん?どうしたの?」


思わず声が出ちゃったのでリサが驚いている。


「アイリスの声が聞こえるようになった‥」



《『相性レベルが向上したので機能ロックが解除されました』》



‥なるほど。その機能ロックってのは、あといくつあるんだ?



《『それはお答えできません』》



‥じゃあ、どうすれば相性レベルってのは上がってくんだ?



《『仲良くしていれば自然と上がっていくと思いますよ』》



俺がアイリスと会話している間、ずーっと、リサが俺の眼を覗き込もうとしてくる。

唇が近い‥♡



《『脈拍が上がってますよ?』》



‥お前、解ってて言ってるだろ?



「さてさて、今日は眼医者の方が忙しくなりそうじゃわい。お前たち、イチャイチャするのはオフィスの方でヤってくれるかの? ヒャーッヒャッヒャ」




奥の廊下を進み、例のエレベーターからオフィスに移動すると、忍さんがパソコンに向かって椅子の上で体育座りしていた。


「おはようございます!」と挨拶すると、忍さんはチラりとこっちを見て、小さく手を上げて応えてくれた。


やがて、天野のおじさん、藤堂のばあちゃん、拓哉さんも出勤してきた。

黒崎のおばさんは、電車の都合で今日はお休みだ。


「天野さん、拓哉さん、昨夜はご面倒をお掛けしたようで‥すみませんでした」


昨夜、爆睡してしまった俺を診察室まで運んでくれた件‥。


「なーに、どうってことないよ。しかし、あれだけ揺すられても起きないなんて、逆に凄いよ」


ごもっともで‥。まったく記憶にございません‥。

笑って誤魔化すことにした。


「それにしても、政府の洗脳ポスター、駄々洩れらしいですね」

拓哉さんが嬉しそうにしている。


「ここまで表立っちまったら、さて、どう出るか‥見ものだねぇ」

タブレットPCを操作しながら不敵な笑みを浮かべていた藤堂のばあちゃんが、何かに気づいたように顔を上げた。

「そういや、あんたら、昨夜はお泊りだったんだろ?朝食はどうしたね」


あっ‥そういえば、すごくお腹が空いている。

「まだ食べてなかったです。ちょっとコンビニ行ってきても良いですかね?」

「あたしも一緒に行くー☆」リサが俺の腕に抱き付いてきた♡


「ほう? あんたら、そういう仲だったのかい。若いっていいねぇー‥気をつけて行っといでー」

藤堂のばあちゃんは肩をすくめてタブレットPCをいじりはじめた。


「翔、行こっ! 街ん中がどーなってるのか、あたしも見たい見たい!」


あー、そういうことか。確かに、政府のポスターとか‥どうなってるのか興味がある。





パッと見、いつも通りだった。

『政府』推しのポスターだらけ‥。


『ネクスト』や『プラス』の眼をもつ俺やリサにとっては、いつも通りの景色だが、普通の人にとってこれはどのように映っているんだろうか‥。


今どきの『ポスター』は、超薄型のスクリーンにチップが内蔵されていて、オンラインで表示内容を変更できるようになっている。

通信のインフラに障害が出ているため、偽装が出来なくなったのだろう。

全てのポスターが、政府の洗脳メッセージを露わにしている。


ポスターの前で井戸端会議をするおばさん達‥

スマホでポスターを撮影して回る若者‥

見向きもしないサラリーマン‥


この先、何がどうなっていくのか想像もできない。


そんなことよりも、俺にとっては、手を繋いだリサとこの先どうなっていくのかの方が重要だった。

熱いキスを交わしたのだから、チャンスさえあればイっちゃうでしょ?

その先へ! さらに向うへ!


「ん?」と俺の顔を覗き込むリサ。

「翔、ニヤけてるよ?‥エッチなこと考えてたでしょ‥」


そう囁いて、ぎゅーっと強く握ってくる。


手を。


ちょっと痛い‥。


とりあえず笑って誤魔化した。


視界の隅で、アイリスが『めっ』という顔をしていた。





昼頃には交通機関も復旧し、急速にいつもの日常に戻っていく。


翌日には、ポスターも元通りになったらしい。



そして数日後───



俺はオモテ向きアークライトのアルバイト店員として、放課後は毎日オフィスを訪れていた。


つけっぱなしの大型テレビに、夕方のニュースが流れている。


『先日、各地のポスターに政府の陰謀を疑わせる文言が表示された件について、政府筋から、反政府組織のEXセンチネルが関与していたとの発表がありました。反政府組織のEXセンチネルは以前からサイバーテロ攻撃を繰り返しており、今回発生した太陽フレアの影響で生じたセキュリティの障害を利用して、政府を貶めることを目的とした映像を拡散させたとのことです。なお、この件に関して政府からは‥‥‥』


そのニュースを聞いて、藤堂のばあちゃんは深くため息をはいて呟いた。

「やられたね‥。全部EXセンチネルに押しつけやがった」


「こんなこと言われたら、EXセンチネルの人たちだって黙ってないでしょ?」


「いいや、こうやって発表されたってことは、既に組織のメンバーは全員拘束されたってことだろうね」

藤堂のばあちゃんはそう言って忍さんの様子を伺うと、忍さんはゆっくりと頷いた。


『次のニュースです。政府直轄のAI『アーガス』が本格稼働を開始しました。アーガスは視覚情報をもとに犯罪を未然に防ぐことを目的として開発された高度なAIシステムです。このAIは街中に設置されたカメラや個人のネオオプティクスデバイスを通じてリアルタイムで視覚情報を収集し、潜在的な犯罪行為を検出して即座に対処する能力を持っています。政府はアーガスの導入により、治安の維持向上と犯罪抑止効果の大幅な向上を期待していると発表しました』


「なんてこった‥」

天野のおじさんが爪を嚙みながら憎々し気にテレビ画面を睨みつけていた。

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