10.太陽フレアがやってくる!

『こちらは緊急ニュース速報です。先ほど17時23分頃、観測史上最大級になる太陽フレアの発生が観測されました。地球への影響が懸念されています』


藤堂のばあちゃんは時計を睨みつけてから、拓哉さんに指示を出した。

「拓!店にある電磁波シールドを持ってきな!何も無いよりはマシだろ‥。みんな、念のため装着しておくんだよ」


「太陽フレアって、そんなにヤバいの?」リサに訊いてみた。


「うーん‥過去にも何度か『観測史上稀に見る』とか『記録的な』とか言われたことがあったけど、特に問題が起きたって話は聞いたことないかな。あ、北海道でオーロラが見えたとか?」


「ふーーん‥」

そうすると、藤堂のばあちゃんの慌てっぷりは大袈裟なのかな?

現に、他の人たちは至って冷静だもんな‥。


‥アイリス、どう思う?



《過去に観測された中では最大級ですので、万が一の事態が起こってからでは遅すぎます》

《今出来ることを、行動を起こすことはとても有意義であると言えます》

《太陽フレアの影響により、高エネルギー粒子が地表に到達するまで、約1時間を切りました》



‥え、そんな早く何かくるの?



《はい。高エネルギー粒子は地球の磁気圏に影響を与えるほか、通信障害や放射線レベルの上昇を引き起こす可能性があります》

《また、2日後にはコロナ質量放出により地磁気嵐の発生、衛星通信や電力網に大きな影響が出ることが懸念されます》



‥通信障害とか出ちゃったら、AR機能なんかダメになるんじゃ?



《仰る通りです。ネオオプティクスにより強制的に見せられているAR映像が遮断される可能性は否定できません》



‥そんなことになったら、あの政府の広告を、みんなが見ることになる?



《はい。その結果、どの程度の混乱が生じるかは予測不可能です》



「翔‥‥ねぇ、翔ったら!?」リサに肩を揺すられて、ハッと我に返った。


「あ、ごめん、アイリスとの会話に没頭してた。世の中マズいことになるかもしれないって‥。あと1時間もしないうちに、何かの影響があるかもだって」


「アイリスって便利なのね。翔がすんごい物知りになったみたい。はい、コレ。効果があるかどうかは保障できないけど、一応‥」

リサはそう言って、シールドマスクを手渡してくれた。

これで目を覆うらしい。


自宅ではもうじき夕飯の時間だけど、このままここに居たほうが良いかなぁ。

最初のなんとかエネルギーが到達するまで、あと1時間くらいか。



それから、太陽フレアの影響がどう出るかによって、今後の活動内容が決まるような話をしていたが、難しくてよくわからない。


ひとつ理解できたのは、『反政府組織』とは言っても、政府に対して攻撃的な活動はしておらず、自衛のため、洗脳から逃れるための術を模索しているに過ぎないってことくらいだった。


ただ、反政府組織はアークライトの他にもいくつかあって、中でも過激派と呼ばれている『EXセンチネル』という組織は、サイバーテロによるアタックを繰り返しているらしい。

この太陽フレアで何かしらのトラブルが生じるとしたら、必ず付け込んで何かやらかすだろう‥と。





そうこうしているうちに、小一時間が過ぎた。

特に事故が発生したニュースも流れない。


なんともなかったのか‥。


しばらくニュース番組をザッピングしていた天野のおじさんが、テレビのリモコンを置いて安堵のため息をついた。

「‥特に影響は出なかった‥ようですね」


藤堂のばあちゃんは若干残念そうな顔をしている。

「ふむ。念のため、シールドはそのまま付けといたほうが良いぞ。」


ちょっと拍子抜けしたけど、何も起きない方がいいに決まってる。


今日のところは、これにてお開き、解散となった。





翌日───


朝のニュース番組では、街の至る所に『政府』を騙るポスターが貼られていたと話題になっていた。


やっぱり影響は出ていたんだ‥。


俺はシールドのお陰で特に障害は‥‥あれ?


昨夜から被りっぱなしだったはずのシールドが無い。寝ている間に外してしまったんだろうか。

布団の周りを探してみたが、見当たらない。


「母さん、俺の部屋にアイマスクみたいなの無かった?」


「ナにもミなかったワよー」

台所で朝食の支度をしていた母が振り返ると‥‥


!?


マネキンか‥出来損ないのアンドロイドのような‥人間を模しただけの不気味に無表情な顔‥


何が起きている?


‥おい、アイリス!



反応が無い。


考えられるのは、太陽フレアの影響で『プラス』が機能停止した!?


でも、だからって、なんで母さんが‥あんな‥‥


「ドうしたの?ウかないカおしテ‥」

ギクシャクとした動きで迫ってくる。


「く・くるな!」俺はそのまま家を飛び出した。


街中、至る所にマネキンのような人、人、人、、、

みんなギクシャクと動いている。


そこかしこに政府のポスターが貼られている。


走っても走っても走っても‥走るほどに、ギクシャクとしたマネキンと政府のポスターが溢れかえっていく。


嘘だ‥嘘だ‥嘘だ‥昨日まで見ていた景色は、人は、みんなARだったっていうのか?


みんなCGだったっていうのか!?


‥アイリス!おい!


‥アイリス!カム!ヒヤーー!


やっぱり反応しない。通信障害にヤラレて‥AIもARも機能しなくなって、今見えているのが現実ってことなのか?

そんな馬鹿な‥‥


リサ‥「リサ‥リサー!!」


目の前に制服を着たリサの後ろ姿が!


「リサ!!」


グルんと振り返ったリサは、マネキンの顔をしていた。


!?


顔を覆おうとした俺の手が、腕が、足も‥鉄パイプのような出来損ないのロボットのようになっている‥‥。


あ゛あ゛あ゛ぁぁぁああああああーーーーー!!!!!




「ちょっと、翔!? 起きて! 翔!!」


気付くと、リサに揺さぶられていた。ちゃんと顔があるリサだ。

夢‥だったのか?


何が夢で何が現実なのか‥完全に混乱していた。


「ち・近付くな!」俺はリサの手を振り払って部屋の隅でうずくまった。

そこが何処なのかも確認しないままに。


「ちょ・ちょっと‥翔? どうしたの?」


「来ないでくれ! みんな‥みんな‥この眼が見せている幻なんだろ!? この世界はもう‥‥」


「幻って‥‥翔、落ち着いて、ね?」


「来るな‥来ないで‥」


リサは俺の横にしゃがみ込んだ。

「もぉ~‥‥」


無理矢理、俺の手を掴んで引き寄せようとする。


モニュモニュ‥モニュモニュモニュ‥


「‥っ‥これでも‥幻?」


俺の手を自分の胸当てて、甘い吐息を吐きながら、顔を赤くしているリサがいる。



《脈拍の異常を検知しました》



視界の隅には、妖精が怒ったような顔をして俺を見つめている。


「ぉ・ぉわ~ぁああ!リ・リサ!何を!?」

慌てて手を引っ込める。


「正気に戻った?コワい夢でも見てたのかなぁ?」

すくっと立ち上がったリサは腕組をして俺を睨みつける。


俺も立ち上がって、辺りを見渡す。

薄暗いが、ここは眼科の診察室のようだ‥。


「あれ?‥なんで‥‥?」


「昨日、太陽フレアの影響が心配だからってオフィスで、みんなでニュースとかチェックしてたじゃない?そのうち翔だけ居眠り始めちゃって‥みんな帰る頃になっても全然起きないから、ここに運んでもらったのよ。今度、天野さんと拓哉さんにお礼しなさいよ?」


「ぇー‥えー‥?そうか‥そうだったのかー‥良かったー‥‥」

寝汗でシャツがべちゃべちゃなのに気付いた。


「あれ?リサ‥ずっと一緒に居てくれたの?じいちゃんは?」

部屋の中を見渡すが、リサと二人きりだ。


「太陽フレアの影響かどうかはわからないけど『眼がー』って連絡もらって、すっ飛んで行ったとこよ」

リサはベッドに腰かけて、隣を少し空けて座り直した。

空いたスペースをポンポンと叩く。


『こっちに座りなよ』‥と、誘っている‥んだよな。


微妙な隙間を空けて隣に座ると、リサの方から詰め寄ってきた。

肩が‥太ももが触れ合う。


「ぁ‥俺‥シャツが‥」


「平気。さっきはホントにビックリしちゃった‥。ホントに心配したんだぞ☆」


ゴクリッ☆

これはー‥確実に誘ってるー‥よね。


「ごめん。でも、ありがとう」


リサの肩に手を回すと、リサの方から抱き付いてきた。


強く抱きしめ合って‥‥俯く彼女の顔を覗き込むと、目を閉じて唇を震わせていた。


心臓はめちゃくちゃ早く脈を打っているのに、いつもの警告は出ない。


ゆっくりと顔を近づけて、リサの息遣いが感じられる距離で、二人の唇は触れ合った。


一瞬の間、時間が止まったかのような感覚に包まれた。

リサの唇は柔らかく、温かかった。

俺はリサをさらに強く抱きしめ、リサも俺の背中に手を回して応えてくれた。



カーテンの隙間が明るさを増し、朝日が昇ろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る