7.政府の陰謀と言われても!?

いつも明るいリサが、うつむいて黙り込んでいる。


重苦しい空気のまま、じいちゃんの眼科へ向かう。


それにしても‥‥


昨日からずーーっと、視界の隅にあの『イルカ』がいる。


回答を求めない限り、勝手に喋らなくなったのは良いが‥‥とても鬱陶しい。


‥なあイルカ‥お前は、どこまで知ってるんだ?



《ボクは、AIアシスタントのアイリスです》

《『どこまで』というのは?》



‥お前なんぞ『イルカ』で十分だ!



《このアバターがお気に召さないのでしたら》

キラリン☆

《こちらのアバターはいかがでしょうか》



‥フェ・フェアリー!?

可愛らしい妖精の姿に変わった。しかも、ちょっとエロい♡


‥よし!アイリス、ずっとそのままでいろ!



《承認を確認しました》



これなら、常に視界の隅に居られても許せる。



アークライト眼科───



「ちょっとだけ、ここで待ってて」


かなり無理しているのがわかるほどの作り笑いを浮かべるリサ‥。


この『眼』は‥そんなに重い話なのか?



しばらくして、中に通された。


「どうも‥」


ペコリとお辞儀しながら診察室に入ると、じいちゃんが真剣な顔で座っていた。


「早速じゃが、まずはちょっと『眼』を見せてもらえるかの?」


そう言ってペンライトを取り出す。


されるがまま、身をゆだねる。


「これはー‥ふむ‥なんてことじゃ‥‥。その『イルカ』が見えるようになったのは昨夜じゃったかの?」


「ぇぇ‥昨日の昼くらいから、ちょっと違和感はあったかも‥ですが、これが見えて、会話できるようになったのは夕方くらいから‥です」


「素晴らしい!!ここまで『プラス』が馴染むとは!!ぅげほっげほっ‥」


興奮し過ぎて咽るほどのことが起きているのか‥。

なんなんだ、この『眼』‥『プラス』ってのは‥。


「さてさて、この『プラス』について聞きたいんじゃったな。さぁて‥どこから話そうかのぉ‥‥

ネオオプティクス‥『眼』が普及し始めたのが十年くらい前なのは知っとるかの?

もう十年が経とうとしとるんじゃが、早かったのか「ようやく」と言うべきなのか‥政府は次の段階へコマを進めたようじゃ。

お前さんは知らんじゃろうが、十年前の当時は陰謀論なんてのが囁かれておっての、動画配信者たちにとっては恰好のネタだったんじゃ」


「陰謀論??」


「ふむ。例えば全国民の『眼』を、一部の権力者が自在に操れるとしたら‥どうなるじゃろうのぉ。都合の悪いものは隠され、偽りの真実ばかりを見せられる。もちろん、ただ『見た』だけでは何の影響も受けない人は大勢おるじゃろう。しかし、無意識の領域を浸食する‥サブリミナル効果を使った洗脳が可能だとしたら‥」


「洗脳‥って‥コワっ‥‥そんなこと、起こり得るんですか?さすがに誰か気付くでしょ?」


「そうなんじゃ。誰もまともに取り合わなかった。ただの都市伝説。ネタとして流された。そして、ネオオプティクスは広く深く普及し続け、人類の九割ほどの『眼』が置き換わった頃には‥‥誰も、陰謀論を唱えなくなった。誰一人としてな。ネタに飽きたのか、それとも‥‥」


ゴクリ。


「ネオオプティクスの開発当初から、そういった危険性について訴えていた者はおった。開発プロジェクトの中にも‥。しかし、異論を唱えた翌日には突然の辞令が出ていなくなった」


「それって‥‥消されちゃったとか?」

なんだか、とてもヤバい話になってきたかも‥


「いんや、流石にそこまではせなんだ。プロジェクトから外された技術者は、内部に残ったメンバーと情報を共有しながら、対抗策を講じてきた。その集大成ともいえるものが今、お前さんの『眼』になっとる『プラス』なんじゃ」


妖精のアバターを観ると『うんうん』と頷いている。

リサはじいちゃんの後ろのベッドに腰かけて、ずっと俯いたままだ。


「でも、どうして俺に、そんな重要な『眼』を?ってかコレ‥下手したら俺が政府から目を付けられたりとか‥しない?」


じいちゃんは深々と頭を下げた。

「何も知らせぬまま移植したことは、本当に申し訳なかった」


「しかし、そうせねば‥ネオオプティクスが稼働している間は、このことを説明するわけにはいかんのじゃ‥。政府に盗み見られている状況ではの‥」


「‥ぇえ?ってことは?‥前の眼って政府に盗撮されてたってこと?」

その瞬間、頭に浮かんだのは、18禁の動画とかアレとかナニとか観ている自分だった‥。


「ネオオプティクスと同時に創られたAIがおっての‥全国民の視覚情報を識別、精査して、政府に害をなす要注意人物を見つけ出す仕組みがあるんじゃ。数年前から既に稼働しておるのは確かじゃ」


「AI‥‥」

人間にチェックされたんじゃないならギリセーフ‥とか思ってしまう俺って、なんかズレてる?


「あ、それじゃ、じいちゃんとリサの『眼』も『プラス』なの?」


「いや、わしらのは一世代前の『ネクスト』というヤツじゃ。話を戻すが、どうしてキミに、その『眼』を移植したのかというとじゃな‥」

「それはあたしから説明させて」突然、リサが立ち上がった。


「あのね‥‥その前にひとつだけ確認したいんだけど、いいかな?」


「ぉ・ぉぅ」


「翔と、健太と玲奈‥。幼馴染で、ずっと三人だったって言ってたけど、どのくらい前までの記憶があるのかな?」

リサは目に涙を溜めて、必死に堪えながら喋っている。


「ぇっと‥‥はっきり覚えているのは、小学2年の頃かな‥いつも三人で一緒に学校通ってたから‥」


リサが‥堪え切れなくなった涙をぽろぽろと零しはじめる。

「そうだよね‥。覚えてないよね‥。本当は、あたしたち、いつも四人で居たんだよ?」


え?‥‥‥‥


「同じ幼稚園で、いっつも四人で手を繋いで、お母さんたちに見送られてたの‥。翔が転んで膝をすりむいちゃって血が出てたんだけど、『男だから泣かない!』って強がってたこととかも、あたしは覚えてる‥」


「‥幼稚園‥‥そういえば、幼稚園の記憶‥とか、小学校に上がった頃のことなんかも‥全然思い出せない‥‥」


それほど記憶力に自信があるわけではないが、ここまで記憶から抜け落ちるものだろうか?


じいちゃんが哀しそうな顔でリサの肩に手を当てる。

「恐らく、ネオオプティクスに関係しているんじゃ。小学2年に上がる前に、ネオオプティクスの移植が一斉に行われたのじゃが、その時、この子だけ拒否反応が出てしまっての‥‥しばらく自宅療養になってしもうたんじゃ。それから数年、眼の移植を受けられず、ずっとここにおった。中学に上がる前に『ネクスト』が完成しての‥」


「そんな‥‥そんなのって‥‥」リサになんて声をかけていいのか、わからない。


「いいの。こうして、また会えたんだから。」リサは泣きながら笑顔を向けてくる。

「ネットでね、翔を見つけてから、ずっとフォローしてたんだよ?いつか気付いてくれるかな?見つけてくれるかな?って思って‥」


「・・・・ごめ」


「全然声かけてくれないから、こっちから行くしかなかったじゃないの!」

ちょっと元気になってきた?


「でね、『眼』の調子が悪そうだって聞いたときに、あたしと同じ『眼』にすれば思い出してくれるかもって‥ちょっとだけ期待してたんだ。だから、政府の陰謀とか‥コワいことは何にも考えてなかった。ゴメンね☆」


「軽っ!でも、そうか。色々繋がった。この『眼』になった帰り道とか、やたら『政府のポスター』が目についたんだ。そして昨日の健太と玲奈の雰囲気‥なんかいつもと違ってた。政府の洗脳ってヤツが、本当に始まってるってことだよね?」


また、リサが思いつめた顔をして、じっと俺を見つめている。


「‥怒ってないの?説明もなにもしないで、巻き込んじゃってること‥」


あー‥そういうことだったのか。今も俺に怒られる覚悟で、リサは唇を震わせているんだ‥。


「怒るわけないよ!逆だよ。むしろ、お礼を言わなきゃだ。‥ありがとう、リサ」


リサは、わっと泣きながら俺に抱き付いてきた。


俺もリサをぎゅっと抱きしめる。



その様子を、じいちゃんが横で診ていた。


「‥‥チッスはするのかの?」

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