【書籍に挟まれた手紙】
わたしが書いたとされ、たしかにわたしの名が著者名として印刷されている本をまえに、わたしはこの手紙を書いている。
本には、君のメモ書きがたくさん貼り付けられている。
見たことのない、でも無性に懐かしい、君の字だ。
わたしがおこなったわけではない研究について、あたかもわたしがおこなったように書かれた記述もある。
これらの研究は、もちろん君がおこなったのだ。
でも、どうしても君の名も、顔も、思い出せない。
わたしを含め、大学の妖怪学部の同僚たちはみな、来るべき時が来たと思いつつも、君の不在を残念がっているよ。
君がいなくなったあの日、使用者の名札のない研究室の机に、この本は置いてあった。書棚には読んで、メモ書きや付箋が張られた本がぎっしりと詰め込まれていたけれど、もちろん、所有者はいない。
本の横に、ちいさな蒼白い水晶のような石がひとつ、転がっていた。
何故とはなしに手に取ると、どこかから君の声が聞こえた気がしたよ。
君も知ってのとおり、わたしはしょうしょう聴覚過敏のきらいがあって、まわりの音を聞く必要のあるとき以外は遮音ヘッドフォンを付けている。
これもそう……なんとなく、そう、なんとなくそうしたいような気がして、本の横に転がっていたその水晶を、わたしはヘッドフォンのフレームの隙間に押し込んだんだ。わたしの遮音ヘッドフォンは、アクティブに外部の音波を相殺する振動を発するようなのと違ってパッシブ……ただ耳を外部から遮断しているだけの、安いものだからね。分解するのも組み立てるのも簡単だ。
そうしたらね、君がどこかでこれを読んでいるとして……笑わないでほしいのだが……なんとなく、遮音性が高くなった気がするんだ。
しかも必要がある音は、なぜか聞こえてくる。
加えて、わたしが研究室に籠もってなにかを調べていて
「これはどこに書いてあっただろう?」
なんて疑問が湧いてくるだろう?
そうしたら『……妖怪年報1993年号……』なんていうのが頭に思い浮かんでくるんだ。
不思議と、耳に心地よい……そう、たぶん君の声でね。
わたしはいま『人と交信する妖怪』について研究を進めている。
もちろん君のことだ。
書き上がったら、またこの本に挟んでおくよ。
気が向いたら、まるでそこにいるのが当然のような顔をして、会いに来てくれたら、嬉しい。
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