コラム 妖怪を自由研究する
七月二十一日、本州のおおくの小中高等学校が夏休みに入る日である。
そしていつも閑散としている妖怪事象総合博物館が例外的に賑わう日でもある。
この日、博物館にやってきた小学生たちは、「妖怪を自由研究の題材にするにはどうすればよいですか」と、博物館の学芸員に聞く。
すると学芸員は非常に困惑しながら――そう、この質問はなんど聴かれても、なんどおなじ答えを返すことになっても困惑するのだ――こう答えることになる。
「妖怪事象は、つねに観測できるものではありません。偶然、行き逢うものなのです。夏休みの四十日間でかならず出会えるとは限りません。挑戦してみる価値はありますが、難しいかも知れませんね」
妖怪事象で日記帳を埋め尽くそうと意気込んでいた小学生たちはこの言葉にたいてい、落胆することになる。
しかしながらこう言われてかえって闘志を燃やす少年少女がいる。
彼らには見込みがある。
妖怪学の未来は彼らにかかっていると言って良い。
と、このように投げっぱなしにしてしまうのもどうかと思われるので、実際にはなにを準備し、どのような心構えで挑めばよいか、列挙してみよう。
『準備するもの』
・帽子
・水筒
・ハンカチ及びティッシュ
・多少のお金(電車賃は当然として、行き先で水筒の水を飲み切ってしまったあと自動販売機でお茶やジュースを購入するためのもの)
・塩飴などのおやつ(チョコレートは溶けるので避けた方が良い)
このあたりは別に妖怪事象自由研究に限らず、多くの屋外活動においてマストアイテムであろう。
ポイントはここからである。
・蚊取り線香(煙が出るタイプに限る)
(腰から吊るせるものが良い。銘柄は金鳥の渦巻きタイプ)
これは現時点、妖怪事象研究者が、妖怪事象を呼ぶのにもっとも適したアイテムであると太鼓判を押している。言っておくが別に大日本除虫菊株式会社から袖の下をもらっているわけではない。厳然たる、科学的事実なのだ。
もちろん、普通に蚊よけの効果もあるので、屋外活動には最適である。
・マッチ(蚊取り線香着火用)
(まだ火を扱うには不安な年齢のお子様は、自宅で保護者の方に着火してもらうこと)
・メモ帳やノートと筆記用具
妖怪事象は視覚で観測できないことが多いため、カメラはお勧めしない。
『観察の心構え』
何度も書くように、妖怪事象は観測しづらいものである。
そして、電車の窓越しに見るもののように、はっきりと見極められないうちに気が付くと近づき、そしてあっという間に過ぎ去ってしまう。
どこからやってくるか、どういうふうに感受できるか、予告もない。
そういうものであるから、妖怪事象を感受するときには、
・ゆったりした気持ちで広く世界を見渡す。
・とりとめのないように思われてもふと目にした気になるものをメモし、絵を書き留める。
・そして家に戻ったあと、メモ書きや絵を眺めて、その日のことを思い出す。
これを続けていると、不思議となにかが浮かび上がってくるのである。
それはきっと、妖怪事象なのだ。
もしもなにも浮かび上がってこなかったら?
心配することはない。
あなたの手元には、夏休みの日記帳が出来上がっているはずだ。
それはあなたがこの世界の広さと、かそけきものを味わった記録に他ならない。
まごうことなき、自由研究である。
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