妖怪 ラブレター

 ラブレターに潜む出歯亀的な妖怪だと考えられている。

 ラブレターと、それ以外の手紙を確実に区別していることから、文字が読める可能性が指摘されているが、手紙に込められた『想念』を感知している可能性についても提唱されている。

 どちらにせよ妖怪と人間との意思疎通について、おおきな可能性を秘めていると言っていい。

 ラブレターに込められた恋心を舐めてその得も言われぬ切なさを味わい、震えることを生きがいにしている、と考えられている。

 妖怪が潜むラブレターを受け取った相手は、切なさに震えた妖怪のその微妙な振動を感じて、うっかり自分も切なくなってしまう。

 ラブレターを受け取って、文面を読むまえから「きゅん」としてしまったなら、いちどその妖怪が潜んでいることを疑ってみるべきである。


 この妖怪が憑くラブレターと、憑いていないラブレターではカップルができる確率が違うという統計結果もあるが、『妖怪 ラブレター』の憑くラブレターは文章力が高いのではないか、という印象を持つ者もおり、妖怪が告白成功率を上げているかどうかについては議論の余地がおおい。


 ところがこの妖怪、最近、「切なさが味わえない」と、生きがいの不足に悩んでいるらしいという報告があった。2021年妖怪学会定期発表会の場で、発表者は香川県の新進気鋭の研究者向島大志こうじまおおしの報告である。

 向島は近年、ラブレターに起こったある異変から、ひとつの仮説を立て、四国の霊場を巡って札を集めて霊験を高め、『妖怪 ラブレター』と交信して確信を得たという。

 そうなのだ。この本をお読みの読者もうすうす予感していると思うのだが、近年、インターネットの普及により、告白をメールで、あるいはLINEで、場合によってはSNSで公開して行う人が増えたのである。その結果、便せんに恋心をしたため、封緘して郵便ポストに入れる、あるいは放課後の机に忍ばせる、下駄箱に隠し置く、といった、こうやって書いてるだけで背中がもじもじしてしまうことを実行する人々が減ったのである。

 妖怪学会は向島大志の研究成果報告を受けて、事態が深刻であることを理解した。

 機関紙『妖怪年報』誌上で緊急アンケートを実施し、『妖怪 ラブレター』の生きがいの減少による生きづらさ調査を行った。

 その結果、九十九%(※)の『妖怪 ラブレター』が、インターネットに適応できず、こともあろうか自殺を考えたことがある可能性がある、という調査結果が出たのである!

 急遽、『妖怪 ラブレター』の支援組織「いきいきくらぶ」が設立された。

 名のある霊場の僧侶や神主のなかでかつて『妖怪 ラブレター』の世話になったという有志を集め『妖怪 ラブレター』に対してカウンセリングやインターネット時代に対応するためのスキルアップ講座が開かれていると聞く。そのおかげもあって、最近、メールのラブレターを受け取った人間が「なんだかこのメールには愛の告白が書いてあるような気がする」と、読むまえから「きゅん」とする事案が増えてきたという向島からの追跡調査報告(ただしプレプリント。査読通過前のもの)もある。

 今後の動向を注視したい。


※残りの一%は、「月並みな内容のラブレターには飽き飽きしてたから転職を考えていた」という内容だった。強がりではないかと思われる。

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