第2話

 『清水探偵事務所』の従業員、涼香と京介は現在、警視庁に足を踏み入れていた。向かう先はもちろん、警視庁公安部に設置された怪異対策委員会本部だ。


「‥‥少し緊張しますね」

「おやおや、図太いことが長所である京介君がまさか緊張するなんて。驚愕の事実だね」

「勘弁してくださいよ先生、僕だって緊張ぐらいします。それも警視庁ともなれば尚更です」

「そうか。君がここに足を運ぶのは初めてだったね」


 警視庁公安部には秘密裏に怪異対策委員会本部が設置されている。この委員会によって『あちら側』へと撃退された『怪異』は数知れず。日本を代表する対『怪異』特化組織である。

 また、清水涼香には『怪異』対策のスペシャリストとして幾度もなく怪異対策委員会に協力してきた事実があり、警視庁公安部と清水探偵事務所は非常に密な関係にあると言える。とは言え、新ケ谷京介が警視庁と関係を持つのはこれが初めてであり、緊張するのも無理はないだろう。


「怪異対策委員会――通称『フォルセ』はこの日本で最も優れた対『怪異』組織だろうね。撃退した『怪異』の数も、『怪異』に関する情報量も他組織とは比べ物にならない」

「なるほど。『フォルセ』と行動を共にすれば、それは良い経験になりそうですね」

「そうだろうね。君が『フォルセ』から学べることは多いだろう」


 涼香と京介が雑談を続けながら廊下を歩いていると、二人の歩みを止めるように大柄な男が立ち塞がった。顔に大きく刻まれた傷、二メートルを超えるであろう身長、筋骨隆々な体が特徴的な、正しく武闘派といった見た目の男だ。

 歩みを止められたことに関して、京介が「いったいこの男は我々に何の用があるのだ」と勘繰っていると、その男が口を開いた。


「――お久しぶりですな、涼香殿。お元気そうで何より」


 京介の警戒とは反対に、男から放たれた言葉には親しみが込められていた。また、それに対して涼香は慣れたように挨拶を返す。


「えぇ、お久しぶりです。本堂警視正。どうやらまた『怪異』を撃退なされたそうですね。流石は『対怪異最終兵器』といったところですか」

「ははは、たまたま貧弱な『怪異』が私の目の前に現れただけですよ。涼香殿のように格上の『怪異』を知略によって撃退する力は私にはありません」

「それを言うなら、『怪異』を身体能力のみで撃退する力は私にはありませんよ」


 京介は目の前で行われているやり取りを見て静かに驚愕していた。涼香の口から出た『対怪異最終兵器』という言葉。それは「『怪異』の存在を知る者は皆その言葉を知っている」と言われるほど有名な言葉だ。

 『怪異』界隈には『対怪異最終兵器』に関してこのような噂が流れている。曰く――政府が飼いならした『怪異』。曰く――『怪異』の力を宿すことに成功した超生物。曰く――政府が作り出した新兵器等々、様々な噂が流れていた。

 多種多様で信頼性のない噂ばかり流れていたのだが、誰もが『対怪異最終兵器』に関して確信していることがあった。それは、『対怪異最終兵器』は狂気の末の産物である、ということだ。きっと悍ましい何かなのだろうと、皆そう考えていたのだ。

 だが、現実は違った。涼香の言葉通りであるとすると、目の前にいる本堂という警官こそが『対怪異最終兵器』の正体だったのだ。その新事実に京介はただただ驚愕していた。


「――して、そちらの方は?」


 本堂が京介へと視線を向けると、京介は自然と姿勢を正した。


「彼は私の助手ですよ」

「『清水探偵事務所』の新ケ谷京介と申します。本日はよろしくお願いします」

「ほう。涼香殿の助手にしてはしっかりとした方ですな。素晴らしい」


 本堂のその言葉に涼香は不満そうな表情を浮かべる。


「本堂警視正。それはいったいどういう意味かな?」

「そのままの意味です。涼香殿と言ったら、知的かつ大胆で有名ですからな。『怪異』を撃退するため共に行動をした時には、何度涼香殿の突拍子もない行動に驚かされたことか。特に『ゴシンタイ』事件では度肝を抜かれました」

「戦うたびに同僚の度肝を抜いているくせによく言えましたね。あなたの戦闘シーンを見た全ての人間は思わず思考を停止させてしまうというのに。そういえば、この前なんて‥‥」

「おっと、そろそろ会議が始める時間だ。では、お先に失礼」


 本堂はそう言うと、すぐにその場を去っていった。


「‥‥ふん、逃げたな」

「あの、先生。『ゴシンタイ』事件というのは?」


 『ゴシンタイ』事件。『怪異』の情報をできる限り収集しているにも関わらず、京介はこの言葉に聞き覚えがなかった。


「京介君には申し訳ないけど、『ゴシンタイ』事件は国家機密だからね。まだ君には教えられない。もっと経験を積み、政府からの信頼を得るんだ」

「国家機密‥‥。道理で僕が知らないわけだ。それならば仕方がないですね」

「‥‥まぁ案外すぐに知ることになるかもね。これは私の持論だが、あの事件はまだ終わっていない」

「まだ、終わっていない‥‥?それはいったいどういう――」

「この話は終わりだ。さぁ、着いたよ。ここが『フォルセ』の会議室だ」

「ここは―――」


 扉の横に付けられた室名札には、こう記されていた。


「『休憩室』‥‥?」

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