第2話 呪われ屋と依頼人の少女

「死ねばいいのにって相変わらず俺に対してキツいな……」


 俺は顔面の横に突き刺さった刀を見て言う。

 桐葉はいつも通り平然と言った。


「あら、そうかしら? 私はただ、事実を述べただけよ」

「それが酷いって言ってんだよ。……ったく、本当に可愛げのない御嬢様だな」

「あら、それはどうもありがとう。褒め言葉と受け取っておくわ。感謝の証として減給しておくわね」

「ひどい、元から薄給なのに!」


 俺は桐葉の言葉に泣きそうになる。

 両親もいなくて施設からの仕送りとか国からの支援とかで頑張って生きているというのに。

 とにかく俺は、ほおってはおけないので壁に刺さった刀を抜く。


「あーあ、普通の刀だったらこれ刀身かなり傷ついてるぞ」

「普通の刀じゃないもの」


 まあそれはそうなんだが。

 この刀の銘は村正。あの有名な妖刀村正、そのひと振りである。

 千子村正せんごむらまさ。史上最も有名な刀工名の一つで、その作刀は武器としての日本刀の代名詞であり、斬味凄絶無比と名高かったという。

 妖刀伝説として語られる前から、武器としての強さ、そして美しさで多くの武士を魅了していたと言う。


 俺も実際に目の当たりにした時も、刀というものはこれほど美しいものか、と思ったものだ。

 そんな芸術品を無造作に人に投げつけるなんて、桐葉は人の心が無いよな。


「何?」

「いや別に」


 俺は落ちていた鞘を拾い、村正を鞘に納める。

 鞘には厳重に符が幾重も巻き付いていた。妖刀の呪いを封印するための護符である。


「それで、今日の食事だけど……昼間、友人から話を聞いてな」

「えっ、あなたに友人がいたの?」


 桐葉は大げさに驚いて見せた。ひどい。


「そりゃいるよ、昔じゃねーんだから。それでな……」


 俺の言葉に桐葉は首を横に振る。


「いいわ。丁度さっき届いたから」

「届いた……? そうか、依頼人か」


 つまりは、ということだな。それじゃあ仕方ないか。

 俺の情報はまだ不確かで、あるかどうかわからないものだしな。


「応接室に待たせているわ。行くわよ十児」

「へいへい、わかりましたよお嬢様」


「その呼び方はやめなさい」


 桐葉に睨まれながら、俺は応接室へと向かった。


* *


  応接室の扉を開けると、そこには一人の少女がいた。


 肩までの髪の、儚げな雰囲気の少女。

 見たことある子だった。というかクラスメイトだった。目元にはクマが出来ている。おそらくなかなか寝ていないのだろう。


 名前は、綾瀬紬だったか。


「えっと……綾瀬さん、だったよな」

「……っ」


 俺が声をかけると、彼女は露骨に嫌そうな顔をする。うん、知ってた。そういう体質だもんな、俺。


「な、なんで……あなたが」


 身構える綾瀬。

 不信感と不快感と嫌悪感をあらわにする彼女に対して、さてどうするかと考えていたら桐葉が口を開いた。


「落ち着いてください、綾瀬さん。彼は私のただの助手ですよ」

「で、でも……」


 桐葉は優しい笑顔を浮かべ、綾瀬の手をそっと握る。


「貴女が彼を嫌う気持ちはとてもよくわかります。でも、私がしっかりとしつけているので大丈夫です。

 彼があなたに不快感や嫌悪感を与えたなら、すぐに罰しますから」

「いやそれって現時点で俺が罰くらうの確定してない?」

「してるわね。あなたは黙ってなさい」


 ひどい。


「貴女が今そうであるように、彼もだと思ってください。感情では理解できないでしょうが、なんです」

「……そう、ですか……来栖野くんも、そう……なんですね」


 桐葉のその言葉に、綾瀬は納得してくれたようだった。


 しかし、綾瀬の俺に対するこの態度……。

 いきなりそこらにあるもの投げつけて来たり、暴言吐いて来たり、泣き叫んで逃げ出したりしないとか、随分と優しくて控えめでいい子だな。うん、いい子だ。


「十児、お茶を……いえあなたに出させたら綾瀬さんに失礼ね。どんなお茶も十児が淹れるってだけで普通の人からしたら泥水同然だもの」

「あ、いえ、その……大丈夫、です」


 うん、いい子じゃないか。飛び切りのお茶を淹れてあげよう。


*


「それで、依頼の話ですが」


 お茶を飲みながら、桐葉が本題を切り出す。

 綾瀬は桐葉に促され、ぽつぽつと話し始める。


「あの……最近、誰かにずっと見られてるような気がして……」

「ストーカーか?」

「いえ、そういうのじゃなくて……」


 綾瀬は首を横に振る。そして続けた。


「……赤ちゃん、なんです」

「赤ちゃん?」

「はい……赤ちゃんの、泣き声がして……」


 赤ん坊の泣き声。


 それが聞こえるようになったのは最近で、最初は気のせいかと思っていたけど日に日にその頻度は増えていったらしい。


「最初は……夜、寝る前だったんですけど。今は朝起きてから、ずっと聞こえてて……」

「なるほど」

「でも、私以外には誰も聞こえないみたいで……」


 綾瀬は俯きながら言う。

 顔は青ざめ、握った拳は震えている。恐怖に。


「そして、ついに……出たんです。私の前に」

「出た?」

「……はい。赤ちゃんの、お化けが……」


 綾瀬はそう言うと、うつむいてしまう。

 俺は、桐葉と顔を見合わせる。

 しかし赤子、か。昼間聞いた話が思い出されるな。

 まさか……な。


「そして……もう駄目で、そんな時……知ったんです。

『呪われ屋』の話を……呪いを代わりに引き受けてくれる、助けてくれる人の話を」


 彼女は藁にも縋る思いで霊能者を探したが大半は偽物ばかりだったらしい。

 そして、一人の本物と思われる霊能者が、自分には手に追えないが、“呪われ屋”なら……と。


「それで、私たちの所に来たんですね?」

「はい……呪われ屋ならあるいは……って」


 呪われた人間の代わりに呪われる、呪われ代行屋。そんな怪しい連中に頼もうとするなんて、よほど追い詰められたのだろう。

 俺達の所に来るのは、大抵はそういう人間だ。


「わかりました」


 桐葉は指先で綾瀬の涙をぬぐい、微笑みかける。


「信じて……くれるんですか?」

「ええ、もちろんです。私達は呪われ屋。そういうことがあると、何よりも私たち自身が知っていますから。私達は、貴女を信じます。貴女の味方ですよ」


 桐葉はそう笑う。まるで天使のような微笑みだった。綾瀬はそんな桐葉に、安心したように笑う。


「あ……ありがとうございます……」

「それじゃあ早速」


 桐葉は言った。

 天使のような笑顔で。


「脱ぎましょうか」

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