付記

 誘蛾灯と呼ばれる機器がある。

 昆虫を殺す目的で、店先や家の玄関などに設置される。

 近紫外線を発し(我々には紫や青に見える)、昆虫を誘引する。昆虫には光の方向へ向かってしまう習性、光走性があるため昆虫たちは誘蛾灯に集まってしまう。集まった昆虫は電気など様々な方法で殺されてしまう。バチバチとしたあの大きい音は虫が死ぬ音なのだ。

 死ぬ場所へ向かって飛んでしまう昆虫の気持ちを想像すると、ゾッとする。仮に死ぬと分かっていたとしても、その本能故に抗えず誘蛾灯に向かい、死んでしまう。



 ここからは情報の抜粋である。

 O一家全員が遺体で発見された。それもあの踏切で。

 どうも、家族全員が線路に川の字になって寝ていたところを電車に轢かれたらしい。現場検証に寄れば、家族全員が深夜に家を出て、線路に寝転がりそのまま朝を迎えたようだ。無論、朝を迎える前にその体は三つに轢断されたのだが。

 その顔が寝顔だったのか、悲痛に歪んだ顔だったのか、それとも、満面の笑みだったのかは、不明である。もちろん、彼らが何故踏切で寝ていたのかも謎のままだ。

 しかし、見覚えのない鏡があの踏切に設置されていたことが何か関係しているのでは、と言った者が数人いたそうだ。

 そしてしばらく経って、あの踏切に怪談が増えた。

「踏切に住んでいた一家は存在しない列車に呼ばれて死んだのだ。狸列車だ」


 

 恐らく読者の方は察しているだろうが、筆者はこの事件の体験者ではない。K氏からの情報から事件を再構成したまでである。

 これを書きながら、ふとつけっぱなしになっていたテレビの音が耳に入って来た。

「これはプリズムといって、こんな感じに屈折率の違いから光を分けることができます。この実験にあるように太陽光と言うのは、所謂可視光線といった目に見える光は全て含まれており───」


 

 Kの付記

 この物語の主人公であるI氏の推測のように、ある波長に自殺衝動を引き起こす作用があるとすれば、あの光を浴びて自殺していった人たちが最後に踏切の中に見えたものは本物の走馬灯といえるのではないか。楽園が踏切の中に見えてしまったのではないか。まるで誘蛾灯のようにふらふらと歩みを進めてしまい、轢かれて死んだ。

 しかし、私は死んだ人間が中から手招きしているような構図が脳裏にちらついてならない。

 言うまでもないが、太陽光にそんな効果はない、はずである。

 

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K 江川キシロ @kishiro_asahina

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