幽我灯6

 最初にXさんの自殺を目撃した夜のことだ。

 呆然としていた私を揺り起こしてくれた家族。思い返せばおかしい所だらけなのだ。

 私が「家族」と認識できたのがまずおかしい。あの時時刻は1時をまわっていた。騒ぎになって家から出てきたにしても、父親だけでいいはずだ。それなのに、母親だけでなく、幼稚園児ぐらいの子供数人もいたのだ。どう考えても、あの踏切で起こるような騒ぎに子供を連れ出すのはおかしい。それに───あの家族は私に話しかけるとき、満面の笑みだった。まるで、いい物を見た後かのように。

 そして、私が見たあの光も、あの踏切の隣に住む家族の家から出たように見えた。

 自分でもどうかしていると思うが、こういう推理が私の中で完成していた。

 

 あの家族、O一家は深夜「あかず」の時間に紛れ、通行人にあの光を当てて自殺させている。あの光は見た者の脳に作用し、自殺衝動もしくは、踏切内に入りたいという感情を引き起こし、結果自殺させる。その後、野次馬に紛れてその死体を観察したりするのだろう。つまり、あの一家は踏切で死体を作って見物することを娯楽としている家族である。


「なるほど、その光の存在さえ証明できれば成り立つ推理ですね」

「……引いてませんか?」

「正直、私の立場からすると、そんな光があると困ります」

 Kの顔には似合わない苦笑いが浮かんでいた。

 しかしそんなものが存在するなら、と前置きをして、Kは笑いながらこう言った。

「興味があります」


「貴方が見た光の説明はどうつけますか?」

痛いところだった。私もその光を目撃しているのに、今もピンピンしている。

「僕なりに考えてみたのですが、あの時煮物の匂いがした、とおっしゃってましたよね」

「はぁ」

「もしかすると、その湯気がその光を散乱屈折させたのではないでしょうか。貴方の考えに基づけば、ある波長の光が自殺衝動を引き起こす。それならば、波長が変わってしまえばその光は効果を無くしてしまう、のではないか。光は空気中の温度変化ですら屈折するらしい───蜃気楼の説明でそう聞いた覚えがあります───ので、あの時湯気が貴方の周りに満ちていたのならその可能性もあるのではないでしょうか。もちろん私はそのテの識者ではないので机上の空論ですが」


 そもそもが机上の空論なのだが、Kの考えは的を射たものに思えた。つまり、煮物の湯気のおかげで私は死なずに済んだのだ。

 

「さて、あとは光の存在証明だけです。無論、あの家に悟られてはいけませんよ」

 Kは表面上私の推理に賛同しているように見えた。しかし、警察関係者の彼がこんなオカルティックな考えを信じただろうか。彼に、どうして私にこんなに付き合ってくれるのか聞いてみたときの台詞を思い出していた。

「僕は見たものしか信じません。ですが、そのような犯罪が行われて見逃されているのであれば暴く義務が私にはあるんです」

 なんとかを憎んで人を憎まず、というが、彼の口調からは、どこか人間全体への憎しみが漏れているように感じた。

「私は───殺されかけたんですよね」

 Kはうなずきこそしなかったが、同意してくれているように見えた。



 

 その晩、私は秘密兵器をあの踏切に設置することにした。

 次の朝、あの踏切は騒然としていた。

 私が設置したあのモノのせいだろう。

 O一家が死んだ。あの踏切で。因果応報とはこのことだ。

 

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