幽我灯5
その晩は見回りの警官に張り込みしているのを初めて見つかった夜だった。張り込みをするにあたっての一番の不安点は不審者として通報されてしまうことだったので、Kから名刺をもらった時には大義名分を得たような気分になった。
チャラチャラと自転車が速度を落とす音を聞いた時、私はもう財布からKの名刺を取り出す準備をしていた。
「どうかされましたか」
えらく不機嫌な声だ。振り返るとまだ若い巡査のようで、私への不信感が全身からにじみ出ていた。
「身分証とか見せてもらえますか」
私は財布から身分証を取り出す風を装って、Kの名刺を差し出して、彼から話がありませんでしたか、と返した。すると彼の───後に合田と知るが───表情は一変して、不快感が露わになった。警官が不審者を見るような面倒臭さから来る鬱陶しさではなく、一般人が抱く「関わりたくない」といった感情の方が強い、私にはそう見えた。
「分かりました。では」
仮にKが話を通していたにせよ、私の身分証は見ておくべきではないのか。それにしてもこの態度はおかしい。私が印籠張りに見せびらかしていたのかもしれないが、私とKの関係についてもう少し何か聞くべきではないのか?次の瞬間には合田を呼び止めていた。
「すいません。Kってどういう人なんですか?」
「は?」
そりゃそんな反応になる。声のかけ方を完全に間違えたと悟った私は早口で事の経緯を話していた。
「この貰った名刺を見るに警察官ではないと思うんですけど、でも警察署では我が物顔で歩いてたっていうか……」
手元の名刺には身分を示すものは何もなく、Kの名前と交番の住所が書いてあるだけだった。
「あぁ、アレ、本官も知らないです」
本官、と一人称を使いながらもアレと呼称する分、彼のKへの気持ちが表れているような気がした。
「隣町の交番あるでしょう。あそこに住んでるんです。設備みたいなもんだ、なんて先輩たちは言いますけど、あんな得体のしれないモノが警察署内に居ていいのか、わかりません。探偵というわけでもないらしく私も気になってはいるんですが、署長どころか本庁の人間にも大きく出られるあの態度が……なんというか気味の悪いものに思えてしまって」
彼の口調からはKが人間ではない何かだとでも思っているような雰囲気が感じられた。確かに聞くKの行動はこれだけでも異常だが、ここまで怖がるものだろうか?
彼があまりにも神出鬼没で、知り得ない情報を何故か知っているから───。
私は電車内で声をかけられた時、合田の抱く恐怖の理由を瞬時に理解させられかけていた。今コーヒーを飲みながら、彼と席を向いにして彼をまじまじと見るとその理解は納得に変わってきた。
「で……?」
「で……?といいますと?」
「Kさんが誘ったんじゃないですか」
そういうとKはにんまりと口を耳まで裂いて微笑んだ。この男の不気味なところはこういうところ由来でもあるのだろう。人間に許された可動域をギリギリまで使っているような感じがする。
「あぁ、そうですね、実は新情報なんてないんです。貴方の推理が聞きたくて」
「推理……?あぁ、でも」
新情報とまで言って私を連れ出したわけが『私の意見を聞きたい』……?
「貴方は、あの日からより一層疑念を深めておられるのでは」
実際、そうだった。
あの時彼には伝えなかったはずだが、私は『犯人』に心当たりがあった。
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