幽我灯4

 進展があったのは、張り込みを開始して3週間目のある日のことだった。

 その日私は早番で、始発で会社に向かう必要があった。勿論出社時もあの踏切を通るのだが、どうも人だかりができている。人だかりは踏切を覆う程で、踏切の様子は近づかないと分かりそうにもなかった。

 おかしい、家を出た時には人身事故は起こっていなかったし、何より昨晩は誰も踏切で死んでいないはずである。私が見張っていたのだから間違いないはずなのだ。

 人だかりの中から遮断機が上がってくるのが見える。どうも人身事故ではないらしい。では何が───と思った傍から、人だかりの中から誰ともない声が聞こえてくる。

「どうも4時頃だったらしいよ」

「そこの献花台の上でしょ?」

「どこそこのあの人がみつけたんだって、いま警察に事情聴かれてるらしいわよ」

「あの人、朝のマラソンが日課でしょう?朝から死体なんてねえ」

 踏切の近くで人が死んだらしい。でも電車が止まっているわけではない……?

 なにも踏切で首を吊らなくても───。

 そう聞こえた時、視界の端で何かが揺れたような気がした。

 首を動かして「それ」を見ようとするのを本能が止めている。

 もう頭の中では、スーツの男がぶらぶらと電線あたりから揺れている像がありありと見えている。

 今そんな状態で吊られているわけがない。だとしたら、今視界を動いているこれは何だ?

 顔を見てしまうと目が合ってしまうのでは───。

 幻覚を振り払うように頭を振って深呼吸。考えを整理しなくては。

 

 野次馬の話を聞く限り、遮断機が開きっぱなしになる終電のしばらくした後に首を吊ったということになったらしい。

 油断していた。これまでのケースの傾向から、遮断機を待っていた、もしくは遮断機の前で止まる可能性がある人を光が当てられている、そして電車に轢かせる、と思っていたがどうやら違うようである。考えてみれば、踏切内で始発を待っていた例などもあるのだから、そもそもこの考え自体が見当違いだったのである。ましてや今回は首吊りである。根本から見直す必要がありそうだ。

 踏切に近づくこと、夜間であること以外は共通点はない。

 これでより一層、私にできることは張り込みで現場を押さえるしかなくなってしまったのである。

 そんな考えごとを電車内でしていると、私の肩をつつく者がいる。知り合いか、と思い顔を上げるとKである。

「貴方に耳寄りな情報があるんです。

 おや、酷い顔色ですね。今日は会社お休みになった方が良いと思います。次の駅に行きつけの喫茶店があるのですが、そこで一旦お休みになってから帰られてはいかがでしょう? 」

 何を勝手に───と言おうと彼を見ると何故か反論する気も失せてしまい、気づけば半分廃墟にしか見えない喫茶店に連れ込まれていた。

 

「流石です。もうそこまで調べがついているとは。というより野次馬の恐ろしさと言った方がいいかもしれませんね」

 Kは顔に似合わない苦笑を浮かべながら、手元のコーヒーを啜った。裂けそうな大きな口から漏れないかと意味不明な心配が湧いてくる。

 彼のようなタイプには手の内を晒した方が話が早いと感じた私は、張り込みの件と今朝の踏切で見聞きした内容を話した。

「振り出しに戻ったようなものです。Kさんの方からこれ以上に何か新しい情報でも?」

「勿論です。すべての情報は私に流れ込んできますから」

 目の前のKとはいったい何者なのか。

 私はある日の張り込みの夜を思い返していた。

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