幽我灯3
あの女性はXと言って、私と同じように飲み会帰りだったらしい。私も見たことを正直に警察に話したのだが、私がかなり酔っていたこと、彼女に借金があり、あの夜も飲み会で死にたいと漏らしていたこと、彼女自身も泥酔していたことからすんなりと通常の自殺として処理された。あの様子は変だったと言っても、ほとんどの刑事には真面目に取り合ってもらえなかったが、Kという異常に背の高い男にはこう返事された。
「申し訳ありません。ここの刑事の不遜な態度については私の方からお詫びさせていただきます。
しかし、貴方もXさんが自分で遮断機を乗り越えるところを目撃された。自殺であるところには異論はないのでしょう?
正直なところ我々も忙しく、明らかに自殺の案件に取り合ってる時間もなく……特に最近起こった殺人事件で二人の目撃者の意見が全く一致しなくて困ってましてね……あぁ、すいません。これはご内密にお願いいたしますね。
あなたの話では、その謎の光が怪しいのではないかということですよね?」
そう、私が角を曲がるときに見たあの謎の光。あれで彼女がおかしくなってしまったのではないか、と私は考えていた。
「青い光が自殺防止になるのであれば、自殺衝動を引き起こす光もあるのではないか───。
面白い考えではあるのですが、オカルトの域を出ないと思うのです。どうもお話を伺うに、あなたも特にそういうのを信じる質ではないのでしょう?」
その通りである。自殺衝動を引き起こす光など普段の私であれば鼻で笑って流すだろう。しかし、その考えを曲げるほどにあの時見た彼女の動きは異常であったのだ。
「といってもあなたもその光を見たのに無事である、というのは矛盾しませんか?」
「その、私は……」
「あぁ、なるほど。遠かったから効果が無かった」
「いや……」
この後も二人で話し合ったのだが、会話は彼のこの言葉で締めくくられた。
「うーん。私から言えるのは、証拠が必要ですね。
しっかりとした証拠からいくつかの問題が解ければいいのですが。
まず、そんな光は存在するのか。
どこから発信されたものであるのか。
誰が何の目的で発信されているのか。
私どももあの踏切については困っているのは事実です。
そんなに気になされるのであれば、自分で調査されたらどうです?
くれぐれも危ない動きはなさらぬようお気をつけて。深淵をなんとやらなんて言葉もあります。
何かあればこの名刺を使ってください」
こうして私の深夜の踏切での張り込みが始まった。
しかし、最初の2週間の張り込みの成果は皆無であった。
もともと人身事故自体が2週間ほどに1回のペースぐらいだとKから教えられていたので、それほど空振りは苦ではなかったが、これを日々行っている刑事という職業はなんとつらい仕事なのだろうと同情するほどには退屈ではあった。普段はしない仕事を引き受けたり残業をわざとしたり、外食やカラオケ等を増やし帰宅時間をずらし、例の時間帯にあの角で張り込むことにした。それ自体は微々たる出費であったが、全く実入りのないまま塵も積もればという状態になってしまうのは避けたかった。
無論、人が死ぬことを期待していたわけではない。もしこの踏切で何度も人を殺している連中がいるとすれば、許されないことである。毎日通るこの踏切にも思い入れが無いわけではなかったし、単純に事象自体が忌々しいことであるので、この事件(?)に一刻も早くケリをつけたかった。
もし本当に殺人───仮に私の想像通りだとしても殺人罪に問えるのかどうかは疑問ではあるのだが───であれば、犯人はどのような動機理由でこんなことをするのだろうか。時たまにこの考えが脳裏をよぎると、パーカーを目深に被っているはずなのに身を震わせずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます