幽我灯2

 私はそんな曰くつきの踏切を毎日往復しているので、いつかそういった現場に出くわしてしまうのではないかとひやひやしていた。私の家は駅の北側にあるのだが、枯葉駅には南口しか存在しないせいで、その踏切を通る羽目になっていた。駅から出た後、住宅街を左に2回曲がって(つまり、コ字に歩いて)少し直進すると踏切がある。私の帰路は丁度空から見るJの字のような道順になっていて無駄に歩いている感じが大きく、就職して3か月、漸くここでの生活に慣れた今でもこの帰路だけは不満である。

 その日私は珍しく職場の飲み会で三次会まで残ってしまい、「開かず」の時間に帰ってしまっていた。ちらと駅の時計を確認すると、もう10分もすれば開く時間だということが分かったので、缶コーヒーを片手にゆっくり歩いて帰ることにした。2つ目の角を曲がって踏切が見えると思ったその時、ふと煮物の匂いがした。この家は晩御飯がえらく遅いのだな───そう思った時、踏切から青でも赤でもない色の灯りが一瞬焚かれた。パンタグラフの光か?と思ったが、電車は来ていない。しかし遮断機は下りている。

 焚かれた、といっても少し明るくないか?と思った程度の光で、私の興味は前を歩く女性に移っていた。その女性は何度か駅で見かけており、特徴的なリュックサックを背負っていたのですぐに分かった。普段は帰宅する人をじろじろ見ることはしないが、あまりにもその人が急に千鳥足になったのでびっくりしてじっと見つめてしまった。その女性は踏切に着くか着かないかの位置で私からは距離が遠く、ただでさえ暗い踏切の周辺では彼女の詳細な行動はわからなかった。大丈夫ですか───そう声をかけるには距離が遠いと感じ、少し速足になろうか、余計なお世話だろうかと考えていると、彼女はそのままの千鳥足で遮断機を乗り越えていく。青い背景に赤い点滅が酒と相まって脳に悪さでもしているのか、それともここにいる怨念のせいで幻覚を見ているのか。そう思わずにはいられないほどの現実味の無い動きだった。四肢をランダムで動かして、丁度良く、しなる棒を乗り越えられたような、そんな動きだった。

 あっと声を出す間もなく、女性は線路内を歩いていく。私は缶コーヒーを手から滑らせ走り出した。まばらな彼女足取りはほとんど進むことなく、クラゲのように線路内を漂っていた。踏切まで走れば数秒のはずだが、何時まで経っても遮断機に辿り着かない。急がなければと思う程上手く地面を蹴ることができない。危ないと叫びながら遮断機の前についたその瞬間、電車が彼女の体を吹き飛ばした。

 震える足に耐えられず、しゃがみ込む。

 け、警察に電話、いや救急車を優占……?

 上手くスマホを扱えない手を握った時、遮断機が上がった。

 踏切向こうの家から人が出てくる。

 私の叫び声で起こしてしまったのか?いや、ブレーキ音だろう、と突然に冷静になっている自分に場違いな笑みが出る。

 彼女はどうして死んだのか。

 彼女はどうして突然動きがおかしくなってしまったのか。

 私の声は届いたのか。

 私にあの時他にできることはなかったのか。

 私は───

 

「君、大丈夫かね。もう連絡なら済ませてあるよ。」

 家から出てきたのか、子供をつれた夫婦の夫らしき人が私に声をかけてきた。

 何分その場でスマホを握っていたのだろう。こう声をかけられてハッとして立ち上がろうとするが上手くできない。

 どうして私の体にも不調が?

 そういえばさっきもいくら走っても踏切に辿り着かなかった。やはりこの踏切には何かいるのか?

 ここまで考えてようやく、私は自分が泥酔していることを思い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る