解決
話を我々が事件を感知した所から始めましょう。
署に女から電話が掛かってきたのです。どこそこの家に女の死体があるはずだ、とね。
あとはご存知のように遺体が発見され、世の知ることとなったわけです。
夜中の犯行であった上に屋内の犯行なので、本来目撃者は絶望的なハズですし、それによって発見も遅れるハズなわけです。そこで当然の結論が出てくるわけです。通報者は犯人……もしくはそれに近い重要参考人になりうる人物だと。この考えはあの占い師の登場でひっくり返るのですが……まあそれは置いておいて……
さて、さっき私は「誰にも知られない」ことの強みを語ったばかりですが、もう一つもっと確実に自分の無実を証明する方法があります。
そうです。現場不在証明、アリバイというやつですね。普通、人間…いや物体として存在しているものは須らく、同時に二か所に存在することができない、平たく言うと『東京で人と会いながら大阪で人を刺し殺すことはできない』わけです。もちろん例外はありますが……今日はそれは良いでしょう。前置きが長くなってしまいましたね。本題に入りましょう。
今回の事件のポイントは、「犯行を一部始終見ていた目撃者がいたこと」、「なぜか一週間を開けて同じものを見た人が二人いる」ことですね。
事件を紐解いていくのに必要なことは、観測された事象が犯人の意識していたものかどうか見極めることです。犯人のミスかどうかわかればそれがウィークポイントですから、そこに付け入るスキがあるわけです。
今回は後者がミスであることは明らかです。
あぁ、そうです、そうです。通報のタイミングですよ。
犯人は朝になっても目撃者が通報しないことが分かったから通報してきたんです。あぁ、あの電話は占い師からではありませんよ。理由ですか……彼女が『警察に来てまで占いで云々という人間』だからです。
いや、犯人はどっちでもよかったとは思いますよ?彼女が通報しようと「彼」にはれっきとした完全なアリバイがあったわけですから。これは先にお話した方がよさそうですね。
そうです。おっしゃるように犯人は二人いたわけです。一人は実際に「彼」と偽って殺人を犯し犯行を通報した女、もう一人はアリバイ作りのために行動する大男です。
もう貴方もお察しのようですから、これもお話しましょう。
影絵というところに今回の犯罪の最大の欺瞞があったのです。
女が男に扮装することは難しいことではありませんが、今回化ける必要があったのは大男だったわけですから背丈以外にも偽装する必要があります。
そこで考え付いたのが影絵だったわけですね。実際に見ると不格好でもシルエットではましに見えればよかったわけです。彼女は衣服でシルエットを大男に偽装して犯行を行ったわけです。
一番動機の強い人物がその大男だったわけですから、彼のアリバイさえしっかりさせればよいと考えたのでしょう。彼の方は五月二十日に実はうち、あ、拘置所にいたんです。数日前に強盗未遂をしでかして拘留中だったのです。警察が証人じゃ疑いようがありませんからね。
あ、そのことですか、お気づきかとおもったのですが……今回の事件、目撃者は実は用意されていないのです。目撃するであろう人間がいたからそんな不自然なことをする必要がなかったわけです。
あの占い師、なんで引っ越さないと思います?商売に影響が出るからですよ。彼女は覗きによって家の情報を盗み見て、それを占いと称して壺なんかを売りつけていたわけです。彼女は読唇術を心得ているようですし、彼女の家は家の秘密を覗き見るのに絶好の位置です。貴方もご存じだと思いますけどね?犯人たちはその商売の秘密を知ったうえで利用したんです。無論、「被害者を殺したのは大男である」と証言してもらうためです。これで彼らの犯罪は完璧に閉じたものになるはずだったのですが……
ここで漸くあなたの番が回ってきます。貴方の目撃した影絵の中の二人の一方は紛れもなく犯人ではあったのですが、もう一人は被害者ではなかったのです。そう、芝居だったわけですよ。貴方はいつかあの影絵が映画のように芝居臭い感じがしたと仰っていましたね。その通りだったのですよ。
彼らの計画は用意周到でした。しかし用意周到すぎたのです。彼らは実際にどのように影絵を見せるか予行演習をしたわけです。女が大男に化けるわけですから、変装では足りないと考えたのでしょう。
影絵の特性を使って体を大きく見せたのです。
彼らは部屋の電気以外にもう少し腰に近い位置に、そして窓に近い位置に電灯を用意していたのですよ。そうですそうです。電気が消えたのは切り替えた瞬間だったのです。まず被害者を通常の電気の下で追い詰めた後、電気を一瞬消して用意した電気のスイッチを入れたのです。通常の電気の下では身長は影絵でも普通に見えますが、用意した電灯下では大きく見えるわけです。
こうして彼女の変装は完成したわけです。もしかすると、身長を盛るような靴では仕留め損ねるかもしれないなんて考えからこんなことをしたのかもしれませんね。
ぶっつけ本番ではしっかりと身長差を演出できるか不安だったのでしょう。あの日、五月十三日に予行演習を行ったのです。あの日、占い師は呼び出されて駅の方に行ったらしいのですが、誰もいなかったそうです。もちろん、彼らの嘘電話でしょう。あの事件のあった家の窓はあの三軒からでしか見えにくいですから、他の目撃者が出る心配はなかったわけです。
そうです、唐突にあなたが引っ越してきたせいであの予行演習は世の人の知るところになったわけです。
あぁ、お気づきになりましたか。
そうです、貴方の怖れた犯人はずっと貴方の家の隣に住んでいたのですよ。
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