籠城

 一日、二日とカレンダーにバツ印をつけていく。眠りについても、家の軋む音で目が覚めてしまうし、瞼の裏に映るのは包丁を持った男の影絵が迫ってくる映像ばかりであった。雨戸も締め切ったこの家では昼夜もわからず、手元の時計だけが狂った体内時計を正す手段だった。風呂に入るのも、最中にあの男がやってくるのではないかと気が気ではなくなって、結局入れなくなってしまった。

 自分でもありありと分かる憔悴ぶりに、堪えがたくなっていた十日後、五月二十三日のことだった。毎日カタンと鳴って玄関に落ちていた新聞がふと気になってバサバサとめくってみた。

 無論、事件の記事が出ているのだろうと思ったからである。

 私が目撃してから十日も経っているのだ、いや、もっと早くに事件が発覚していて新聞に載っているはずだ。もしかするとあの男は捕まっているかもしれない。

 私は期待しながら最初の数日分を捲ったが一向にその記事らしきものは出てこない。

 はてな。

 流石に人死にがあったのだ。いくらあの家が目につかないとはいえ、あの量の血しぶきだ。

 不審がる新聞屋や勧誘がいるだろう。現代社会における人間関係のか細さとはここまでなものか。さてもこう人間同士の関係というのは薄くなってしまったのかと儚んでいると、例の記事が見つかった。今から二日前、つまり目撃してから八日目の五月二十一日の新聞である。

 新聞によれば、五月二十日午前11時ごろ、KのD町の一軒家で女の刺殺体が見つかったとのことだった。女は橋爪京子といい、夫と二人で暮らしていたらしく、その日は夫が留守であったところを襲われたらしい。凶器は刃渡り20cmほどで包丁のような形状であると推測されたらしい。事件は夜中に起こったらしいが捜査関係上、時間は伏せられていた。通報を受けた警官が橋爪さんを訪ねたところ、応答がなく鍵も開いていたことから不審に思い踏み込んだところ遺体を発見したらしい。現在捜査中で、目撃者などを探している云々。

 記事は概ね私の目撃したことと矛盾しない。概ね、である。

 問題は事件の発生日時だ。五月二十日というのは私の目撃した日より一週間も後である。つまり警察当局は死亡推定時刻を一週間も見誤っていることになる。こんなことでは事件解決どころか私の身の安全も怪しいところである。私はこの十日間ガタガタ震えながら苦痛の日々を味わっていたのに天下の警察がこのザマなのか。私はついに怒りが抑えきれなくなって気づけば家のドアを閉めるのも忘れて飛び出していた。身なりは酷いものだったが、構わなかった。目指す先は、K署である。

 K署に着いた私を迎えたのは入り口の二人の警官であった。私の身なりと慌てぶりを見て不審に思ったのか、とても怪訝な目で私を見送ったが私は貴様らの無能を指摘しに来てやったのだと睨みつけてやった。

「例の殺人事件について、知っているところがあるのだが!」

 そう叫ぶと、ガラの悪そうな男が二人よたよたと私を取り囲んだ。

「わざわざ、どうもありがとうございます。ではこちらへどうぞ」

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