1-2

 ファルコンのパイロットは、エアロックに入り、酸素の状態を確認する。

 問題がないことを確認すると、パイロット――ユートはようやくパイロットスーツのヘルメットを取る。

 ヘルメット中から出て来たのは、トゲトゲのくせっ毛と少年の顔。幼さを残した、好奇心に満ちた瞳の少年であった。


「シーナ、状況は?」

『コロニーの防衛プログラムは奪還出来ましたが、核パルス推進エンジンの制御はコロニーの制御室に奪われています』

「やっぱり直接制圧しないとだめか」


 空間にホログラムの平面が浮かび上がる。投影されているのはコロニー内の地図。エアロックには赤い点。コロニーの各所には赤い点が点在している。


「この赤いのは、テロリストでいいんだよね」

『ええ、間違いありません』


 赤い点は2、3個で固まって複数のルートを移動している。向かっているのは、ユートたちが立つエアロックだ。


「数は15か。未曽有の災厄を起こすにしちゃ少ないな」

『作戦開始前に主要メンバーを残して撤退しましたからね。万が一、自分たちも含めて地球に落ちるなんて避けたいでしょう』

「大義名分を掲げておきながら、自分の命すらチップに出来ないケチな連中ってことか」


 軽口を叩く。しかし、ユートの顔はすぐに険しくなる。


「音が聞こえるな」


 エアロック内の気密処理の音に、床を蹴る音が混ざる。


『あと僅かで戦闘に突入します』

「数量は具体的に」

『了解。約五分で戦闘になります』

「わかった、やってやる」


 少年は戦士の顔になると、装備を確認する。


(短銃に液体金属剣≪リキッドメタルブレード≫……欲を言えば自動小銃を回収しておきたかったけど、十分だ)


 呼吸を整えると、短銃を抜く。

 震えはない。静かに、戦いを待っている。


『では、改めて私たちのミッションを確認しましょう』


 空間内に半透明のホログラムが浮かび上がる。そこには、ユートに課されたミッションが記されていた。


■■■■■■■

■作戦『スペースコロニー地球落下阻止』


概要:

 ラグランジュⅣに存在する7番コロニーが、月面帝国のテロリストによって制圧をされた。

 半ば放棄された対象のコロニーは瞬く間に占拠され、既にコロニーは地球へと針路を向けている。このままでは巨大質量が地球へと落下し、未曽有の災害が発生してしまう。

 残された時間内にコロニーを制圧し、地球への被災を阻止せよ。


作戦目的:

 コロニーの停止、または破壊。

 コロニーは背面に取り付けられた核パルス推進エンジンにより推力を得ている。

 エンジン停止後、姿勢制御用スラスター等による停止を試みよ。それでも停止が出来ない場合は、コロニーの自爆装置を起動し地球へ落下することを防ぐこと。

 何れの手段を取るにしても、管制室の奪還は必須である。


■■■■■■■


 シーナによって、これからユートがとるべき作戦行動を整理された。

 ユートは頷くと短銃を構える。

 ユートが頷くと、エアロックの扉が開封された。

 それが、作戦開始の合図だ。


◆◆◆


 銃機と宇宙服がこすれる音が廊下に響く。

 無重力の通路を軍靴で蹴りながら男たちは進む。向かう先はエアロック。


 ――侵入者を排除せよ――

 ――我々の作戦は地球にしがみ付く権力者に対する警鐘である――

 ――いかなる存在であっても、盾付いたらどうなるかを示さなければならない――


 首魁からの命令には怒りの色が滲み出ていた。それは聞くモノにとっても同じだった。

 コロニーを占拠したテロリストたちは焦っていた。

 あと一歩で完遂する作戦に突如乱入した一機の隼は瞬く間にテロリストの戦力を駆逐し、喉元まで迫ってきている。

 テロ行為には単純な破壊の他に、恫喝の意味合いがある。

 たった一人に好き放題されるのは、彼らにとって致命的な失態だった。


「隊長、間もなくエアロックに到着します」


 部下からの報告に、隊長は一度止まると手で静止をする。


「ドアを開けたら一斉に発砲をする。跳弾を恐れるな、アンリミテッドはそう簡単に討ち取れるではないぞ」

「わかってますよ。強化人間アンリミテッド……遺伝子を弄って生み出された化物でしょう、仲間が何人殺されたと思っているんですか」

「ああ、では――」


 その時、エアロックの扉が開いた。

 中から弾丸のように飛び出したユートは短銃を発砲する。

 銃弾は命中した。だが、宇宙服の分厚い外装に阻まれて有効打にはならなかった。


「強化人間が出たぞ! 総員、一斉に発砲を」


 隊長の合図にテロリストたちが一斉に発砲をする。

 ユートは一瞥すると、短銃を隊長に顔に向かって投げつける。


(悪あがきか?)


 隊長格の男は冷静に観察する。

 目の前の異物には大した危険は感じない。排除は容易い。

 とっさに、手をふるって払いのける。


 それが一瞬の隙だった。


 ユートは壁を蹴ると飛び上がる。彼が居た場所に銃弾が振りそそぐが、姿は既にない。

 テロリストたちの後ろで靴が床を叩く音がした。


「おそいっ!!」


 一瞬にして距離をつめたユートが彼らの後ろに居た。


「液体金属剣≪リキッドメタルブレード≫、展開!!」 


 ユートは宇宙服の腰部に装着した鞘から刃を引き抜く。

 ナイフ大の容器から電光が走ると、鞘に収められた圧縮液体金属が本来の姿を取り戻す。

 その変形は一秒にも満たない。ユートの手には日本刀を模した刀剣が握られていた。


「一つ!」


 刃が閃くとテロリストの装備していた銃が切断される。

 声を出す間もなく二つ目の剣閃が奔る。今度は二つ、一気に銃が切り捨てられた。

 

「これが、強化人間の――」


 驚愕に歪み男の顔に、乱暴に蹴りが突き刺さる。

 大の男が、情けなく鼻血を流しながら吹き飛ばされる。

 コロニー内は無重力状態である。男はピンボールの玉のように壁にぶつかり、吹き飛ばされていった。


『ユート、本作戦ではテロリストの身柄の拘束は第一目標ではありません』

「わかってる! 最低限の武装解除後に即座に管制室に移動する」


 ユートは再び走り出す。既に戦意を喪失している敵を拘束しているだけの時間はなかった。


「ま、待て、逃がすな!」

『いいえ、見逃されているのはあなたたちですよ』


 通路の隔壁が閉じられる。物理的に断絶されてしまい、ユートを追うことは出来ず、負け惜しみもその背中に届くことはなかった。


「くそっ……だがもう遅い……いくら急いでも、我らの作戦は完遂しているのだ」


 銃を掲げて合図をすると、テロリストたちはユートとは反対方向――コロニーの入出口へ向かって移動を始めた。

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