ミッション01 コロニー落下阻止

1-1

 ――西暦2605年、宇宙空間、地球近海。


 青い星と月の間に、巨大な人工物があった。長大な円筒の本体、先端部からは三枚のミラーが羽にように伸びている。

 シリンダー型のスペースコロニー。20世紀の人類にとっては空想上の存在であった巨大建造物は、数百年の時を経て実用化されていた。


 地球の重力を振り切り、星の海で生きるための新たなる大地。より遠くへ、より広い世界へ、旅立つために生み出されたもの。

 だが、人類はコロニー『家』だけで終わらせなかった。


 コロニーの背部から赤い光が吹きあがる。急拵えの核パルス推進エンジンに火が噴いている。

 今なお加速し続けるコロニーの進む先には地球。

 

 目的は、コロニーそのものを地球に叩きつけるため。


 コロニーと言う膨大な質量を武器にして大地を破壊する。極めてシンプルで、果てしなくおぞましい災厄が起ころうとしていた。


『我々月面帝国≪アルテミス≫は月資源の一方的な搾取に抗議するべく――』


 地球圏全土に対してテロリストたちの犯行声明が放送されている。

 完全に虚をつかれた人類が、未曽有の災害をただ黙ってみているしか出来ない――


 ただ一つの例外を除いて。


 宇宙空間を切り裂くように、推進剤が線を引く。

 一機の宇宙戦闘機が、コロニーに向かって一直線に突っ込んできた。

 

◆◆◆


 宇宙戦闘機の中。狭いコックピット。パイロットは一人だけ。

 パイロットスーツのバイザーに火を噴くコロニーが映る。


「まったく……コロニー落としなんてのは、物語の中で終わりにして欲しかったんだけどな」


 愚痴は誰の耳に届くことなく消えていった。

 普段は愚痴に皮肉を返す相棒がここに居ないことに気が付いたパイロットは、本人も気が付かないうちに顔をしかめる。


「自分たちが住む大地を地球に落とすなんて血の通った人間が出来ることじゃない。人間が宇宙で生きていくための大切な大地を、人殺しの道具に使うなんて許されるはずがない――」


 コックピットにアラートが鳴り響く。コンソールの表示が切り替わり、コロニーの入出口が見えた。

 パイロットは操縦桿を握り直す。


「頼むぜ……ファルコン!」


 パイロットは愛機の名前を呟く。宇宙戦闘機は猛禽の名に相応しく、圧倒的な速度で宇宙を駆ける。


「――行くぞっ!」


 機体はパイロットの意思に呼応し、加速した。


◆◆◆


 急加速したファルコンは一気にコロニーを追い越すと、大きく弧を描きながら反転する。

 機首の正面にコロニーの入港口がある。コロニー内部に突入するための目標だ。

 対象を捉えたハヤブサは、速度を落とすことなく突き進む。


『適性勢力を確認、数は一機……識別反応は、アンリミテッド10――『ファルコン』です!』


 テロリストの怒号が響き渡る。

 よほど慌てていたのか、周辺の通信機器に無差別に声がばら撒かれる。


『映像を全宙チャンネルに配信しろ』

『蠅一匹に今更何が出来る! 我らに歯向かう無意味さを地球圏に見せつけるための生贄になってもらう!』

『了解! 狩りの神≪アルテミス≫の矢は、いかなる猛禽であっても撃ち落とせると証明して見せましょう!』

 

 コロニーから大量の火線が放たれる。

 コロニー外壁に設置された固定砲台。周辺に配置された防衛用の無人戦闘機が侵入者に向かって機械的かつ無慈悲な攻撃を放つ。

 ファルコンは正面から砲弾の雨へと突き進む。砲火の合間を縫うように飛びながら、反撃の準備をする。

 ファルコンの機首を挟み込むように二門の砲身が展開する。

 砲門――ビームカノンから閃光が放たれた。ファルコンから放たれた荷電粒子の光線は膨大な熱量で弾幕を打ち抜き、障害物である無人戦闘機を破壊する。

 爆散する敵機破片を吹き飛ばしながら、ファルコンは宇宙空間を飛ぶ。


『くそ、こちらも戦闘機を呼び戻せ!』


 コロニーの周辺に展開していた宇宙戦闘機が集まってくる。その中にはパイロットが乗った有人機も混ざっており、戦術リンクにより、無人機の挙動も複雑なものに変化した。


『正面から戦うな、側面に火力をぶつけろ!』

『敵はアンリミテッドだ! 無理に一撃で落そうとするな!』


 戦闘機の編隊は分散すると、ファルコンを囲い込むよう陣形をとる。


「一斉攻撃!」


 一斉に、ビーム機銃が放たれた。。ファルコンに積まれているビームカノンのような大口径の砲門に比べると威力は落ちるが、弾速は早い。

 四方八方から放たれる弾丸はファルコンでも回避しきれず、被弾による傷は増えていく。


『いいぞ、あいつの砲門は正面に向けられている。このまま――』


「そんなものは、想定済みだって!」


 パイロットはコックピットのレバーを引く。

 瞬間、機首が胴体から分離した。


『あれは……』

『顔だ! エクステンションマッスルの顔だ!!』


 残された胴体には人の顔があった。バイザー越しのツインアイが光ると、戦闘機の胴体から両手が飛び出す。

 

「ファルコン、ファイターユニット分離! エクステンションマッスルによる戦闘に移行する!」


 砲身の下部、機首に隠された部位にはグリップがあった。両手で一門ずつ掴むと手持ちの火器として両腕にマウントする。

 コンソールがデバイスドライバとのリンクを表示する。異常がないことを確認すると、ペダルを踏む。

 残された機体から人型の機動兵器≪エクステンションマッスル≫が飛び出した。


 ――エクステンション・マッスル――

 宇宙に飛び出した人類だが、地球の大気の中でしか生きられない人の身体はあまりにも脆弱であった。

 だからこそ、拡張する必要があった。無敵の鉄の肉体――筋肉を――

 戦闘機から飛び出した10メートルを超える鉄の巨人は、星の海で生きるために拡張された人体である。


「手さえ使えりゃ、脇も背中もカバー可能なんだよ!」


 正面に向けられていた砲門は両腕で制御され、側面の敵を捕らえる。


 撃鉄が引かれた。

 神経接続によりパイロットの意思を瞬時に反映する鋼鉄の肉体。機械の指は、人体に遜色のない精密さでパイロットの意思と人体を拡張する。

 砲身から荷電粒子のビームが放たれる。左右それぞれの腕から撃ちだされた光線が宇宙に閃く。腕を振ると、ビームの粒子は鞭のようにしなる軌跡を産み、敵対する宇宙戦闘機を文字通り薙ぎ払う。

 宙域に一斉に爆発が発生する。秒刻みでテロリストたちの戦力は消し飛び、宙域を覆いつくしていた弾幕はにわか雨のように消えていた。


 邪魔をする存在はない。ファルコンの目の前には、目標であるコロニーの入港口が迫っていた。


「相対距離、百……九十……」


 戦闘機から放たれた勢いのまま、ファルコンはコロニーの入港口に突撃した。

 両の脚が鉄の大地に打ち込まれる。火花を散らしながら鋼の大地を滑り、ファルコンはコロニー着地した。

 静止と同時に胸部がせり上がる。上部のハッチが開くと、中からパイロットが飛び出した。

 ハッチを蹴って乱暴に床に着地すると、即座に壁に向かって走る。


「……ここだ!」


 壁の一部を叩くと、ホログラムのコンソールが浮かび上がる。


「パスワードを……」


 急ぎ、入力するパイロットの指が揺れる。同時に、コロニーの床が揺れた。

 コロニー内部から戦闘用の無人機が歩いてくる。5メートルほどの正方形の胴体に、脚と銃だけが取りつけられた粗末な兵器。だが、生身の人間ではとても相手に出来ない。


(急がないと)


 パイロットは急ぎパスワードを入力する。

 鋼の足音はすぐ傍にまで迫っている。


『ロック解除されました』


 パスワードの入力が終わると機械音声が流れる。すると、壁の一部が展開し、カードの挿入口が出来た。


「間に合え……間に合え」


 挿入口に向かって乱暴にカードを差し込んだ。

 後ろではドローンがパイロットに対して照準を合わせている。

 銃弾が放たれる――


『認証完了――ラグランジュⅣ七番コロニー管理AI『シーナ』、再起動します』


 直前に、女性の声がコロニーに響き渡った。

 同時にドローンが動きを止める。カメラアイは意思を失ったかのように光を失った。


『コロニーの防衛プログラムの再取得完了。外部で戦闘中の砲台、ならびに自動兵器を停止します』


 動かない鉄の塊になったドローンを確かめると、パイロットはようやく息を吐く。


「よかった、間に合った、か……」


 宇宙を照らしていたビームの光が消えていく。


『ファルコン、ファイターユニットの帰還を確認。マスターであるエクステンションマッスルとの接続は保留し、増援の警戒に当たります』


 最初の戦闘は終わった。それを示すように分離したファルコンの戦闘機部分≪ファイターユニット≫が悠々と入場してくる。


(作戦第一段階、テロリストによって停止されたコロニーの管理AIの再起動は完了、と)


 テロリストによるコロニーの占拠は、管理AIのハッキングから始まった。

 コロニーの中枢に侵入していた工作員によるAIの停止から管理システムの掌握。

 いかなる強力な盾や銃であっても操る存在が無ければ意味はない。瞬く間にコロニーは奪われ、地球へと落とされる兵器となってしまったのだ。


『強化人間アンリミテッド10――』

「そんな仰々しい言い方しなくていいから」

『失礼しました、『ユート』、ただちにエアロックに移動してください。時間がありません』

「分かってる」


 コロニーが揺れる。未だに核熱推進エンジンは生きており、コロニーは地球へと進んでいた。

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