見た事の無い顔

「おねぇ! おねぇ、居る? なぁ、おねぇってば~。」

 一階から、間の抜けた、聞いているだけで魂を吸い取られそうな声が聞こえる。

 無視しようと思ったが、奴はしつこい。

「ここに居るよ。知ってて呼んだんでしょ。

 てか、おねぇって、あたしはゲイやおかまの方々か。

 おねぇの人達に、失礼だろうが!」

「え~、そのキレ方、理不尽すぎ。 オモロ。」

 声の主が、ひょこっと顔を見せた。

 相変わらず、整ったお顔をしていますな。年下の幼馴染は、本当に顔が良い。

 人間性は、正直お勧めしないけど。

 父親達が幼馴染で大親友だったせいで、幼い頃から親戚でもないのに、

 事ある毎に顔を合わせる間柄。

 後についてくる姿が可愛いと思っていた、あの頃が懐かしい。

 けれど、今は…。

「なぁ、聞いてくれよ。今日も俺、告白されてさぁ。

 興味無いから断った。」

 時は経ち、今日も隣で告白自慢するだけ。

 すっかり、鼻持ちならない最低野郎になってしまった。

 あれ? 

 そういえば、誰かと付き合ったって、聞いた事無いな。

 いや、勘違いだろう。

 街中で、腕を組んで歩く。奴と誰かを、見た事があるから。

 あの時、一瞬、寂しくて立ち尽くした。

 その感情が何かを知るのが、怖かった。

 奴は、幼馴染。只の、長い付き合い。


「はぁ、何時になったら、俺を見て貰えるのかな。」

「なに、好きな人いるの? あんた、ちゃんと、人間だったんだ。

 で? それって、どんな人?」

「おねぇ、だよ。 いい加減、俺の事、ちゃんと見て。」

 気が付けば、両手が頬に添えられていた。

 それだけ、じゃない。

 見た事の無い顔に見つめられて、動けなくなった。

 体の奥から熱くなる、外すことの許されない、私だけを見つめる瞳。

 あの時の気持ちを、遂に知ってしまった。

 心の整理も、出来てない。

「違う。ずっと、見てたよ。」

 呼吸が苦しく、吐く息が熱い。

 この顔を、私だけのものにしたい。

 見た事無い彼が、少しずつ近づいてくる。

 頬にある手に、自分の手を重ねる。

 そのまま、ゆっくりと、瞼を閉じた。

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