嵐の夜に
「やっぱり、ここに居た。」
あの夜、私は、彼に見つけてもらった。
あの日の夜は、雨が滝の様に降り、雷は縦に伸びたり横に走って轟音を響かせた。
全身びしょ濡れなのに、何故かその轟音が寂しさを紛らわせてくれている様で
動けなかった私を、彼は見つけた。
「ここに居たいのは、分かるけど、風邪を引いたらいけない。
帰ろう。……」
彼は、自分もずぶ濡れになりながら、私を抱きあげた。
父と母の関係は、とうに冷めきっていて、家族という言葉さえ感じられなかった。
一人娘の私には、それぞれに愛情を注いで貰っていたように見えて、孤独だった。
二人共、これからの事を考えて、私の気持ちを考える余裕もなかったんだろう。
二人の気持ちが、離れていると知っていた。
寂しくても、二人には言えなくて、よく近くの神社に行って時間を潰した。
木々に囲まれた神社は、静かで、風に葉が揺れる音や、玉砂利を歩く足音が
心地よい。
境内には、何箇所かベンチがあった。
そこに居るのが、好きだった。
「やっぱり、ここに居た。おばさん、探していたよ。」
声の方に顔を向ければ、隣の家のお兄さんがこちらに向かって歩いてきた。
お兄さんは、五歳ほど年が離れていたが、毎日挨拶をし、勉強を教わって
仲が良かった。
「お父さんとお母さん、喧嘩してたから。声、聞きたくなくて。」
二人が、怒鳴り合う毎日だった。
お兄さんの家も、同じだったと聞いていた。
「そっか、うん。隣に居るから、分かるよ。」
隣に座って、ぼうっとする私の頭を撫でてくれた。
隣に聞こえる程の言い合いなんて、今考えれば迷惑以外の何物でもない。
「大丈夫だよ。いつかは、収まる。僕も、君と同じ事を想った。
僕は、君が好きだよ。」
そう言って、私を立ち上がらせ、手を繋いで家まで送り届けてくれるのが
常だった。
その言葉が、唯一の安らぎだった。
離婚すると二人から告げられたあの日、私の心は限界を迎えた。
「どちらに、ついていく?」
二人の目は、ついてくるなと言っていた。
現実を受け入れきれず、家を飛び出し、夕焼けで赤く染まる世界を走った。
神社に着いた頃、激しい風が前髪を巻き上げたと思ったら、空が一気に黒く
変わる。
見上げると、眩しい光が神社の後ろを突き抜け、轟音と共に雨を叩き付け始めた。
地響きの様に感じる轟音は、何故か私の感情に寄り添ってくれる様だった。
ただ上を見上げて、その様子に見惚れた。
あの二人は、私の事なんて考えていない。
私は、いらない。実感してしまった。
「やっぱり、ここに居た。
ここに居たいのは、分かるけど、風邪を引いたらいけない。
帰ろう。君は、居なくちゃいけない。
君は、俺にとって必要な人なんだよ。」
いつの間にか抱きあげられていた。
ぐらりと視界が揺れて、視界が暗くなった。
目が覚めると、見慣れない天井が見えた。
隣には、号泣する両親の姿。
戸惑いながら、抱きしめてくる二人を何とか受け入れた。
日頃の睡眠不足と、体を冷やし過ぎたせいで、二日ほど眠り続けたらしい。
結局、私は母についていくことになった。
お兄さんに挨拶をしたかったけど、退院日に母の実家へ引っ越して、
叶わなかった。
あれから五年。
以前住んでいたこの街に、戻ってきた。
この大学を選んだのは、大学のパンフレットに、あの人が写っていたから。
自分の偏差値より高くて難しかったけど、猛勉強した。
学内を歩いていると、目の前から見覚えのある人が歩いてきた。
「あの嵐の夜の事覚えていますか。」
その人に、唐突に聞いてみた。
「会いたかった。僕の事を、覚えていてくれてありがとう。」
どちらともなく手をつなぐ。
「「あの神社に」。」
同じ事を呟いたのに驚き見つめ合う。
「うん、行こう。」「はい、行きましょう。」
二人の大切な場所へ、歩き出した。
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