夜、公園にて

 もうすぐ、中学の卒業式。

 希望の高校にも受かり、学校に合格の報告をして、後は、家に帰るだけ。

 だけ、なんだけど、足が動かなくなった。

 真っ赤な夕焼けに染まる街の中、近所の公園のベンチに座っていた。

 段々と夜の闇が辺りを包んでいく。

 これから、自分は何がしたいんだろう。唐突に、脱力感にみまわれる。

 

「ねぇ、一人? 俺とあそぼ?」


 気が付けば、隣に誰かが立っていた。

 辺りは真っ暗で、街灯の明かりすらまばらな公園では、顔すら良く見えない。

 声の主は、男だ。

 いきなり抱きあげられて、口を塞がれる。

 出来る限りの力で暴れてみるも、体格差がありすぎて、ただ足だけが宙を舞う。

 もっと人気のない所に移動しようとしている男の後ろから、誰かが走ってくる

 足音が聞こえてくる。


「その子を、離しなさい!」


 突然の声に慌てた男が、俺を手放して公園の奥へ逃げようと走る。

 でも、男よりもその人の方が早かった。

 一度、男の腕を掴んで振り向かせる。

 男はその人を見て、ニヤリと笑った。

 男の体は、かなり大きい。

 その人よりも、はるかに身長が高い。

 男の前に立ち塞がるその人の背中は、一つに結ばれた綺麗な髪が激しく

 揺れている。

 男が、その人に腕を伸ばす。

 次の瞬間、男の体が宙を舞っていた。

 地面に叩き付け、すかさず腕を捻って動けなくしたその人は、お巡りさんの

 制服の女性だった。

「公務執行妨害及び未成年誘拐未遂の疑いで、現行犯逮捕します。

 君、大丈夫? 怪我してない?」

 男に手錠を掛けた後、ただ、頷く事しかない俺に、笑顔で返す。

 肩に付けられた無線機で、誰かと話をしながら、辺りを見回している。

 立ち姿が、何とも凛々しくて格好いい。

 俺なんかより、ずっと小柄なのに。

『無力だな』と俯いていると、

「よく、頑張ったね。勇敢だったよ。本当なら、怖くて動けなくなるだろうに。

 君が大きく動いてくれたから、見逃さなかった。

 君のおかげで、最近多発していた事件の犯人を捕まえられた。

 この地域の人が、また安心して生活できる。

 ありがとう。」

 その人の言葉が、俺の心に突き刺さった。


 それから何年も経ち、あの頃よりも背が伸び、筋肉も付き、体も大きくなった。

 あの人と、再び会う事は無かった。

 俺は今、あの人と同じ制服を着ている。

 単純かもしれないけど、あれが俺の初恋で、夢の始まりで、未来への道標だった。

 あの時思った、『この人みたいになりたい』という気持ちを胸に、

 今日も交番の前に立つ。

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