一番、欲しい人

一時間前、机の前で項垂れていた。

完璧にしたはずのプレゼン資料が、USBから、綺麗さっぱり消えていた。

立ち尽くす俺に、

「よーし、じゃあ、作業するか! ほら、起きて! 始めるよ。」

慌てて頷いた後は、記憶がない。

助けてくれたのは、俺の上司。

誰からも信頼されて、仕事も出来る。

俺の胸位の身長の、笑顔が可愛い人。

俺が、誰よりも、一番欲しいと思う人。


「いいプレゼンだったよ。間に合って、良かったね。」

「俺、主任がいなかったら、マジで…。」

「やばかったねぇ。感謝しなさい。」

「本当に、ありがとうございます。」

公園のベンチで、膝に着く位頭を下げる。

「データ、共有しておいて良かったね。一時は、どうなるかと思ったけど。」

顔を上げると、大好きな笑顔が目の前に。

ずっと、好きだ。この笑顔が、この先も欲しい。

ここで、言うべきじゃないかもしれない。

でも、止められなかった。

背伸びをしながら立ち上がった主任に、

「主任、俺、あなたのことが…」

言いかけた俺の唇に、人差し指がゆっくりと触れた。

主任の瞳は、人差し指の先の俺の唇を見つめている。

人差し指が、唇の輪郭を触れるか触れないかの速さでなぞっていく。

まだ、俺を見てくれない。

すると、くいと顎を上に向けられ、熱を帯びた瞳が俺を見下ろしている。

「だめ。そんな顔しないの。貴方の事が、欲しくなっちゃうでしょ?」

その瞳は、俺を刺激するには十分で、体が熱くなり、呼吸が早くなる。

瞳を外せずにいる俺に、いつもの笑顔に戻った主任が手を差し伸べる。

「休憩終わり。次の得意先、行くよ。

 ほら、立って!」

もう一度差し出された手を、握る。

ぐんっと力強く立ち上がったけど、未だ、あの瞳が忘れられない。

惚けながらも、気が付いた事。指と指の間に、確かな感触。

主任の右手が、俺の左手と恋人繋ぎをしている。

「さあ、次の契約取りに行くよ。」

いたずらっぽく笑った後、俺より小さな背中が、手を繋いだまま歩き出す。

「俺、一生ついていきます。」

「頼んだよ!」

いや、今度は俺がこの人を守るんだ。

歩く速度を、主任より半歩だけ前に早めた。

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