微かな希望


僕の胸には、小さいながら膨らみがあって、男ならついているはずのものが

付いていない。

髪を短くしたくても、

「可愛いんだから、長い方が似合うわよ。とても綺麗な髪だもの。」

と、母や親戚たちが止めるから、今は黒い髪が腰まで垂れ下がっている。

可愛いなんて、思われたくない。

だから、せめてもの抵抗で、洋服はデニムやパンツで暗い色の物しか

着ないことにしていた。

誰かに認められることなんて、一生ないと思っていた。

けれど、その日は急に訪れる。

キャップを目深に被り、髪を一本に結び、黒のTシャツとデニムにスニーカー。

足早に通りを進んでいると、急に声を掛けられた。

「艶が凄い。ここまで綺麗に伸ばすの、大変だったんじゃないですか?

 お兄さん、バンドマン?」

「え? お兄さん?」

初めて、男だと認識してもらえた。

けれど、この時は嬉しさよりも驚きの方が大きくて、固まってしまった。

「あれ? あ、ごめんなさい。女性だったんだ。 

 なんか、振る舞いが恰好いいなと思って男の人だと思った。」

声を掛けてきたのは、僕より背が高いかなりのイケメンさん。

「あ、あの・・・ありがとうございます。

 かっこいいなんて、初めて言われました。嬉しいです。」

上ずった声しか出てこない。

「でも、ちょっと残念。俺、君の顔、タイプなんだけどなぁ。」

さらっと言われた言葉に、また固まってしまう。

「俺、美容師でカットモデル探してるんだ。

 そこに、君が来た。タイプ過ぎて、下心で声かけちゃった。

 本当に、綺麗な髪だね。」

「僕は、この髪が嫌いです。本当は、男に生まれたかった。」

「そう、なんだ。じゃぁ、今の自分の見た目も嫌なの?」

「この顔も、この髪も、この体も、大嫌い。

 でも、この髪を切れない自分が。

 一番、嫌い。」

 この髪だけ、誰もが褒めてくれた。

 この髪が嫌いなくせに、切るのが怖い。

「あのね、ヘアドネーションって知ってる?」

「ヘアドネーション?」

「うん。君の長さなら、出来るよ。 俺、メンズカットが得意なんだ。

 君を、超絶イケメンにするから、モデルになってくれない?

 ヘアドネーションは、君の希望を叶える。

 そして、君が誰かの希望になるんだ。」

「男の子になって、いいのかな。」

「俺が、君の『のぞみ』を叶えるよ。

 どうする? やってみる?」

「やります。僕の髪、切ってください。」

「わかった。では、店に案内します。」

 迷いは、いつの間にか無くなっていた。

 自分の髪が、ゴムで束ねられていく。

「自分で切る? それとも…」

「貴方に、切ってもらいたいです。」

 間髪入れずに答えた。

「君の未来が、楽しくある様に。」

 髪の束が、切られていく。

 気が付けば、自分はイケメンになっていた。

 成りたかった自分が、鏡に映る。

 帰り際、鏡を挟んで微笑み合った。

「俺と友達になってよ。これ、俺のSNS。」

「友達は、もう少し先ですけど、師匠として話を聞かせてくれますか。」

「うわぁ、固いわぁ。 そうじゃなくてさぁ。もっと、楽しく!

 でも、まぁ、叶えられて良かった。

 俺史上、これ以上のイケメン作れないわ。」

 美容師さんは、僕にお辞儀をした。

 感謝しているのは、自分なのに。

 帰り道、女子に何度も声を掛けられた。

 これからが、始まり。

 今日教えてもらった希望を、繋ぎたい。

 僕は、僕を生きる。彼がくれた希望を、僕は育てていく。


 まずは、口が空いたまま動かない母親に自分の心を伝えなくちゃ。

 

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