IF② 第4話 両手
先名さんは本当に楽しそうにしてくれて、俺はやっぱり先名さんが好きなんだなと、改めて実感する。
そして俺は先名さんに、「
するとさっきまで目が合っていたのに、先名さんが目をそらしたんだ。俺はその様子を見て、先名さんの決意が揺らぐくらい積極的にいこうと決めた。
「困ったなぁ……、やっぱり楽しいよ」
先名さんがふと漏らした言葉。俺はその言葉に、上手くいくかもという可能性を感じ取る。
「先名さん、俺、今日めちゃくちゃ楽しかったです」
国道を走る車内で俺は本心を伝えた。
「私もよ。やっぱり誰かと過ごすって楽しいものよね!」
黒のパンツと白い半袖ブラウスに着替えた助手席の先名さんから、弾む声とシャンプーの香りが俺のもとへ届く。こんな美人で優しいお姉さんが助手席にいるなんて、夢のようだ。でも、夢で終わらせたくない。これからもずっと隣にいてほしい。
帰りも雑談をしながら二人だけの時を楽しむ。先名さんが住むマンションに近づくにつれて、夢の終わりも近づいていく。
スーパー銭湯で俺が勢いで先名さんに告白しかけた時、先名さんは慌てて俺をとめた。なのでおそらく告白を警戒しているだろう。
だからってこのまま家に送ってしまえば、次は無い。なぜなら、俺から『一回だけ』と無理を言って来てもらっているから。
経験に乏しい俺なりに、なるべく悟られないようにと考える。
広がる夜空を車内から見た俺は、『月が綺麗ですね』という言葉を思い出した。とてもじゃないが、俺にそんな
いよいよ夢の終わりが近づいた時、俺は先名さんに言葉をかけた。
「俺、もう少しだけ先名さんと話したいです」
結局は何のひねりもない、ストレートな言葉。運転席から俺がそう言うと先名さんは、少しだけ沈黙して口を開いた。
「……いいわよ。何をお話ししてくれるのかな?」
きっと先名さんは分かっている。俺があれこれ考えても、先名さんには敵わない。それでも応じてくれた。
さすがにマンションの駐車場で、というのは避けたいので、少しでも先名さんが安心できるよう、マンションの近くで真っ暗にはならない、それでいて静かな場所に車を停めた。
「ゆっくり話したいのでここになりますけど、いいでしょうか?」
「もちろん大丈夫よ。私にとって場所は大した問題じゃないの。誰と過ごすのかが大事だからね」
先名さんがシートベルトを外したので、合わせて俺も外し、先名さんを見て話す。
「さっきも言いましたけど俺、先名さんが心配なんです」
「私? 見ての通り元気よ? 温泉に入って、岩盤浴もして、スッキリしたからね!」
どうやら俺は無害だと思われているらしい。
少しおどける先名さんだけど、俺にだって攻める時があるんだ。
「一人が平気じゃなくて、そんな強くなくて、とっても寂しがり屋なのに、ですか?」
それは四人でスイーツ店に行った時に、先名さんが漏らした言葉。先名さんは少し
「それなら二人だとどうでしょうか? 俺、今日先名さんが楽しそうにしてくれているのを見て思ったんです。もっと喜ばせたいって。俺じゃ頼りないかもしれませんけど、先名さんは俺と一緒じゃ不安ですか?」
「決してそんなことは……」
「やっぱり同島と加後さんを気にしているんでしょうか? でも俺は今、先名さんと一緒にいるんです」
俺は左手を少し伸ばして、先名さんが太ももの上に乗せている、右手の甲の上にそっと重ねた。
「あっ……!」
先名さんが少し驚いた声を漏らした。強引なことは分かっている。でも、これくらいじゃないと、きっと先名さんは『みんなのお姉さん』でいることを選ぶだろう。
もしここで拒絶されたら、丁重に謝って先名さんのことは諦めよう。
すると先名さんは声を漏らしながらも、自分の右手を俺の左手が包み込むことを受け入れてくれた。
「一人じゃ寂しくても、俺がいます」
俺はそう言って今度は少し身を乗り出して、両手で先名さんの右手を優しく握った。
「ダメっ……! これ以上は……!」
言葉では拒絶しながらも、先名さんは右手を動かそうとしない。
「強くないというのなら、俺が先名さんの手をしっかり握って離しません。守ります。だから、俺に先名さんの両手を握らせて下さい」
すると先名さんは俺のほうへ体を向けて、左手をスッと俺に近づけた。俺は左手で先名さんの右手を、右手で先名さんの左手を優しく握った。
「あぁっ……! ダメなのにっ……! 私は『みんなのお姉さん』なのにっ……!」
先名さんは今にも泣き出しそうな声を出す。
「俺は先名さんが好きです! 付き合って下さい!」
「あぁっ……! 二人ともごめんね……。私、もうダメみたい……。抑えきれない……」
先名さんは消え入りそうな声でそう
「先名さん、返事を聞かせてくれませんか?」
「私もあなたが好きよ……!」
お互いの想いが言葉となって、指を絡ませたままキスをした。
こんな美人が彼女になってくれたらいいなと、ただ憧れだった先輩が、かけがえのない存在になった瞬間だった。
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