IF① 第3話 抱きしめる

 今日は一日を加後かごさんと二人で過ごした。正直言って手応えがあったので、一歩踏み出してみるかと考えていたら、助手席に座る加後さんが口を開いた。


「二人で……きれいな夜景を見たいです」


 加後さんあこがれのシチュエーションらしい。二人で夜景って、単純かもしれないけど告白の二文字が頭の中に浮かぶ。これは……攻めるなら今日しかないんじゃないか?


 夜ではあるけど深夜ではない。もう一ヶ所なら行けそうだ。


「夜景か、いいね。意識しないとわざわざ見に行かないからね」


「ですよねー! それに誰とでもいいわけじゃないですからね!」


「それは光栄だな。俺は見事合格したというわけか」


桜場さくらばさん。それはね、私のセリフでもあるんだよ。同島どうじまさんも先名さきなさんもとっても魅力的なのに、桜場さんは私といてくれる。私はそれがとっても嬉しいんだよ?」


 助手席に座る加後さんは、俺を覗き込むように見てくる。思わず顔をそらしたくなるけど、ここはじっと加後さんを見る。そしてそのまま……と思ったけど、それは急ぎすぎだ。


「ね、桜場さん。キュンとしましたか?」


 どうやらそれは加後さんも同じ考えらしく、座り直したあと、冗談めいた言葉をかけてきた。


「早く行かないと深夜になるから、出発するよ」


「はーい!」


 まるで子供みたいに手を上げて返事をする加後さん。この無邪気さに俺はやられている。加後さんの質問の答えは、もちろんイエスだ。



 車を走らせ、地元の有名な展望台へと到着した。チラホラと人の姿はあるけど、場所自体がとても広いため、周りには他に誰もいない状況を作り出すのは簡単だ。


 見渡す街並みは光り輝いており、非日常な空間を作り出してくれている。そして右隣には黒髪ショートボブの、小柄だけど一部たわわで、感情を素直に表してくれて、一緒にいるだけでとても楽しいと思わせてくれる女の子。そんな子が俺と夜景を見ている。


「わあぁー! きれい!」


 加後さんはまたも無邪気な笑顔を俺に見せてくれる。夜景をバックに立っている加後さんだけど、俺には夜景ですら、加後さんを魅力的に輝かせるための舞台装置に思えた。


「ね、桜場さん」


「何かな?」


「どうして私を選んでくれたの?」


「選ぶも何も、約束したからね」


「それって、義務みたいなことですか?」


「違うよ、俺が加後さんと過ごしたかったから、絶対に約束を守ろうと思ったんだ」


「同島さんや先名さんよりもですか?」


「そうだね。もちろん二人も魅力的だけど、俺は加後さんがいいんだ」


 もうこんなのほとんど告白じゃないか。


「ね、桜場さん」


「何かな?」


「私、同島さんも先名さんも大好きなんです。それなのに、桜場さんに二人よりも私がいいって言われて、嬉しいって思っちゃった。私って悪い子なんです」


 彼女達三人はお互いを思いやっている。それ故に二人への罪悪感のようなものを感じてしまうのだろう。


「加後さんは悪い子なんかじゃないよ。そう感じるってことは、それだけ二人を大切に思ってるってことだよ」


 加後さんは俺の目の前に立ったまま、何かを考えているように見える。


「俺は加後さんのその思いやりとか、いつも元気で明るいところとか、感情を素直に出してくれるところが好きなんだ」


 もう告白といってもいいだろう。あとは加後さんに任せようか。


「……やっぱりダメ。私にはできないよ、桜場さん。私のワガママでここまで来ておいて、変なこと聞いてごめんなさい。ほんと意味わかんないですよね。帰りましょう」



 どうやら俺は無害だと思われているらしい。



 俺が「分かった、帰ろうか」とでも言うのだと考えているんだろう。でも、俺だって今さら引き下がるつもりなんて無い。


「俺は加後さんが好きだ! 俺と付き合って下さい」


 俺がそう言って少しすると、加後さんが俺の胸に飛び込んで来た。俺は胸に顔をうずめて大泣きする大好きな女の子を、そっと抱きしめた。


「もうっ……! どうしてこんなっ……時だけ強気なんです、か……! せっかくっ……! あきらめる決心がついたっ……のに! 私っ、同島さんも先名さんも好きだもんっ……! だからこれからも仲良しでいたいからっ……! でもでもっ……! 桜場さんも大好きだもんっ……! 私っ……わたしっ……! わああぁぁーっ!」


 俺の胸の中で泣く加後さんが少し落ち着いたあと、優しく言葉をかけた。


「加後さん、返事を聞かせてくれないかな」


 俺の胸に抱かれる加後さんは、俺を見上げて口を開く。その表情は今までに見たことの無い、とてもはかなげなものだった。


「私も……、あなたが大好きです」


 欲しかった言葉が返って来て俺は安心する。そして今も俺を見上げる大好きな女の子と目が合うと、引き寄せられるように唇を重ねた。


 初対面でお姫様抱っこをするハメになって、少し変わった子だと思っていた女の子が、かけがえのない存在になった瞬間だった。

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