IF① 第2話 希望される

 出発前、助手席に座る加後かごさんから、「桜場さくらばさんに初めてをいっぱい捧げてるんですよ」と言われた。


 そんなことを言われた俺は当然ドキッとしてしまう。返答に困っていると、すぐさま加後さんが冗談ぽく笑った。小悪魔的な可愛さとでもいうのだろうか。加後さんにしか出せないであろう可愛さ。


 今日は暖かい。助手席に座る加後さんは白いロングシャツに黒のショートパンツ姿。加後さんは色白だ。そして座席に座っている。つまり、目のやり場に困る。花見の再来か? あの時もどこを見ればいいものか悩んだんだ。まったく、運転に集中させないつもりか。


「加後さん、そのファッションなんだけど」


「あっ、分かります? 今日初めて着る服なんですよー」


「いや分からん。加後さんが初めて着る服を俺が知ってたらおかしいでしょ。俺が言いたいのは、加後さんはそういったファッションが好みなんだねってこと」


 露出度が高いことを伝えたいけど、さすがに遠回しすぎたか?


「もしかして桜場さん、ずっと私のこと見てました?」


「ずっとではないな」


「見てはいたんですね。もー、桜場さんは困った人ですねー。嬉しいじゃないですかー!」


 加後さんはそう言って嬉しそうに、ほっぺたに両手を添えている。


「さあ、出発しましょうー!」


 まずは俺がシートベルトを装着。それを見た加後さんも装着……できない。上半身のたわわな膨らみに引っかかって、もたついている。


「桜場さーん、うまくできませーん! 手伝ってくださーい」


(ワザと? いや、まさかな)


「俺がそのバッグを持ってるから、落ち着いてゆっくり着けてみて」


「はい。……あっ! ひゃあっ! んぁっ……!」


 けしからん声を出すんじゃないよ。シートベルトするだけなのにこんなに騒がしくできるなんて、加後さん凄いな。……やっと装着できたようだ。


「桜場さん、私、あこがれのシチュエーションがありまして。私が作ったお弁当を男の人に食べてもらいたいんです」


 あこがれってことは、まだ一回もしたことが無いということだ。俺はまたしても加後さんの初めての男になれるのか?


「昨日はこれといったメインは無いって言いましたけど、電話を切ったあとに考えてみたら、やっぱりありました」


「いいよ。加後さんのやりたいことをやろう」


 加後さんが提案した場所は、地元では有名な大きな公園で、暖かくなり始めたこの季節に楽しむにはピッタリの場所だ。

 車で小一時間ほどかかるので、車を持ってない加後さんにとっては、なかなか行けない場所なんだろう。


「知らなかったから俺、何も用意してないよ」


「それは本当にごめんなさい。ちゃんと責任を持って準備してきましたから、泥船に乗ったつもりで安心してください!」


「泥船だと沈むけどね!」


 加後さんセレクションのBGMと会話を楽しんでいるうちに、目的地に到着した。俺は話を聞くほうが好きなので、加後さんのような明るい子と一緒だと助かる。いっぽうの加後さんは自分が話したいタイプなので、俺との相性はいいのかもしれない。


 春の日差しがとても暖かで、たまには太陽の光を浴びることの大切さを思い出させてくれる。規模が大きいだけあって、家族連れやカップルの姿が多い。


 芝生にレジャーシートを敷いて弁当を広げている人達も多く、俺と加後さんもその光景に混ざる。


 実は俺も一度は経験してみたかったシチュエーションだ。


「これですよこれ! 私がしてみたかったこと」


 正面で正座する加後さんが嬉しそうに言う。花見の時とは違ってスカートではないので、見えそうになる心配は無い。でもショートパンツ姿なので、これはこれでけしからん。


「これが約束した私の料理の腕前です!」


 加後さんはそう言ってランチボックスを開けた。その中には、彩りのよいサンドイッチが並べられている。


「おお、意外とちゃんとしてる」


「むうぅぅー、そこは『美味しそう』って言うとこじゃないですかー」


 加後さんが「むうぅぅー」って言う時は、本気では怒っていない時だ。


 たまごやハムといった定番の具材で、早速食べてみるとパンが具材の水分を吸収しておらず、食感の良さと具材のうまさが絶妙だ。


「美味い! あの目玉焼きのような何かを作った人とは思えない」


「むうぅぅー、また言ったぁー! だからあれはたまたま失敗したんです!」


 ちょっとしたことにも全力で反応してくれる加後さん。そんな姿が可愛くて、俺もついからかいたくなってしまう。先名さきなさんの気持ちが少しだけ分かったかも。


 ランチボックスはもう一つあり、その中にはおにぎりやおかずが入っている。けど、様子が少しおかしい。


 ボックスの中でおにぎりや卵焼きや野菜などのおかずが、ギッチギチに詰められており、形が変わっているものや潰れているものもある。隙間など無い。


「加後さん、ボックスの中が渋滞してるんだけど」


「だっ……だって、誰かのためにお弁当作ったの初めてなんだもん。量なんてわかんないもん」


 味じゃなく詰め方で失敗するなんて。でもまたしても、俺は加後さんの初めてをもらったようだ。


「あのね桜場さん!」


「何?」


「楽しいねっ!」


 心底楽しそうな笑顔を見せてくれる加後さん。破壊力がありすぎる表情に、俺は加後さんと過ごせて本当に良かったと思った。


 その後しばらくは公園でのんびり過ごし、ドライブを続けて気になった場所や店に立ち寄るうちに、日が落ち始める時刻になった。


 夕食も一緒にとり終えた頃には、深夜ではないものの完全に夜になっていた。


(もう今日勝負してみるか……?)


「桜場さん、私、もうひとつあこがれがあってですね」


「どんなこと?」


「二人で……きれいな夜景を見たいです」

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