IF① 第1話 約束する

【まえがき】

 今回からIFルートになります。もしも桜場さくらばが『あの人』のことを気になっていたら……という、あったかもしれない結末です。第55話を読んでくださっている前提の話になります。


 このルートの時系列としては第40話の、職場の廊下で偶然会いお互い目の前にいるのに、片方は小声で片方はスマホで会話するという、不思議すぎる状況からになります。


 第54話の、『先名さきなさんから彼女にしたい人を聞かれた時の答え』を変えるだけでは、つじつまが合わないかなと思いました。

 あまり端折りすぎても脈絡が無くなるので、一人あたり数話ほど続きます。




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 職場の廊下で加後かごさんと偶然会った。そして加後さんに促されて、加後さんはあのアプリで、俺は小声で会話するという、不思議すぎる会話が始まった。


『あの時の約束を覚えてますか?』


「一緒に夕食をとった日にした約束のことだよね?」


『そうです。いつにしますか? 今週末はどうですか?』


 最後に会ったのが偶然先名さんと同島どうじまの会話を聞いてしまった、『コソコソ食事会』の時だから、だいたい一週間くらい前になる。


「いいよ、そうしようか」


 俺の休日の予定なんて、たかが知れている。それが一転してこんな明るくて可愛い女の子と過ごせるんだから、願ってもないことだ。


『やったぁ! あとはまた今夜にでも決めましょうー!』


 俺が加後さんを見ると、それに気がついた加後さんが満面の笑みを浮かべた。本当に無邪気な女の子だ。話していると俺まで明るい気分になってくる。これを会話と呼ぶのかは分からんけど。


 俺がそのメッセージを確認したのを見て、加後さんはスマホをしまった。加後さんといるとコソコソしてばっかりなのはなぜだろう。

 いやまあ周囲に聞かれないようにというのは分かるんだけど。


「じゃあ私、お昼休みに行ってきまーす。桜場さん、また会いましょうー!」


 加後さんは元気よくそう言ってから、入り口の方へと歩いて行った。



 仕事が終わり帰宅した後、俺が唯一作ることができる料理であるカップラーメンを食べていると、あのアプリからメッセージが届いた。かと思いきや、電話だった。


「桜場さーん、加後でーす!」


 電話越しの加後さんはいつも通りの明るい声で、俺の名前を呼んでくれる。俺がどうしても元気が出ない時とかに、加後さんに励ましてもらいたい。


「加後さんお疲れ様ー」


「お疲れ様でーす。今お時間大丈夫ですか?」


「大丈夫、時間あるよ」


 意外と言ったら失礼だけど、加後さんはこうしたさりげない気遣いができる子だ。仕事でつちかったものだろうか。そうでなくてもいい子だなと思う。


「桜場さん、今何してましたか?」


「ちょうど夕食が終わったとこ」


「偶然ですね、私もなんですよー」


「そうなんだ。加後さんもカップラーメンとか?」


「桜場さんはカップラーメンだったんですね。私はちゃんとお料理しましたよ!」


 加後さんの料理? 同島の家で作った激マズ目玉焼きしか見てないけど。


「ああ、あれか。同島の家で作った目玉焼きのような何かを再現したんだね」


「むうぅぅ、私はたまたま失敗しただけです。桜場さんも同じようなの作ってたじゃないですかー」


 声を聞いただけで、ぷんすか怒る加後さんの姿が想像できる。


「見ててください、私がお料理できることを証明してあげますから。それで今日のお昼の話の続きなんですけど私、車持ってないのでドライブがしたいですー」


「了解、あとは行きたい場所ある?」


「あとはこれといったメインは無いですね。どこかの場所なら一人でも行けますけど、桜場さんと過ごすことは桜場さんとしかできないので、場所がどこでも私は桜場さんと一緒に楽しむことが目的なんです」


 さっきまでの加後さんの声のトーンとは少し違う、真面目な声に変わった。加後さん、ちょっとその言葉はいくら俺でもグッとくる。可愛いさとのギャップがズルい。



 そして約束の日。俺の車の助手席には加後さんが座っている。


「わあー、きれいな車内ですね」


「昨日めちゃくちゃ掃除したからね。一応言っておくけど、普段は汚いってことじゃないから」


「ふふっ、わかってますってー! それよりも、めちゃくちゃ掃除してくれたんですね、私のために!」


「もちろん! 全て加後さんのためだよ。ささいなことでも喜んでもらいたくて」


 俺がそう言うと、加後さんの勢いが弱まった。


「あっ、えっと……『私のために!』ってのは冗談のつもりで……。そんなハッキリ言われると私……照れちゃうよ」


 加後さんが本当に恥ずかしそうにしている姿、初めて見た。可愛い以外の言葉が見つからない。


「桜場さん、いいこと教えてあげます。私、男の人が運転する車に乗るの初めてです。お姫様抱っこされたのも桜場さんが初めてです。私、桜場さんに初めてをいっぱい捧げてるんですよ」


 そう言って加後さんは俺をじっと見つめている。


「……なんて、キュンとしましたか? でも言ったことはホントですよ! さあ、出発しましょうー!」


 俺、いろんな意味で今日大丈夫だろうか。

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